木鐸社

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『レヴァイアサン』58号 特集 主要国の国際秩序観と現代外交

ISBN978-4-8332-1174-1 C1031 2016年4月15日発行

〔特集の狙い〕主要国の国際秩序観と現代外交 (文責 飯田 敬輔)

 アイデアは外交に影響を及ぼし得る。しかも,それは,権力や利害などの「基礎的」要因とは独立的に作用するか,あるいはそれだけでは説明しきれない部分も説明できる,という意味での「アイデア仮説」が唱えられるようになってから久しい。これは比較政治学ではたとえばHall (1986, 1989)などにより,そして,国際政治経済学ではGoldstein (1993) などにより先駆的研究が行われ,その後,日本にもそれが輸入されるようになり,大矢根 (2002)の業績などが生まれた。
 しかし,これらの文献は,どちらかというと近視眼的な研究が多かったように思われる。もちろん,Goldsteinの研究などは,「保護主義」のアイデアが,かなり長期にわたって米国の貿易政策を規定していたというのであるから,とりたてて近視眼的とはいえないかもしれないが,それでも貿易政策というかなり専門的かつ外交ではローポリティックスと呼ばれる部分についての主張である。  それに対して,国際秩序一般,あるいは国際政治全般にわたるような考え方がそれぞれの国の外交政策,そして,延いては国際秩序そのものに影響を与えるというきわめて「巨視的」観点については,これまであまり研究がなされてこなかったように思う。  かたや現実の国際政治を眺めてみれば,国際秩序が大きく揺らいでいるばかりか,主要国間で,あるべき国際秩序について,かなり考え方が異なっていることもその一因であることは自明であるように思われる。しかし,いかに自明であっても,それを実証的に示すことは簡単ではない。したがって,本特集の狙いは,そのような困難な課題についてブレークスルーの糸口をみつけるということにあるといえよう。  もちろん,網羅的にこの問題を研究しようとすれば,古今東西ありとあらゆる国際秩序観を概観し,それをデータ化し,各国の諸条件と国際秩序観及び,当該国の外交政策方針について,因果関係を特定する作業を行う必要があるのであるが,それは一朝一夕にはできそうもない。したがって,今回は英米日中の四カ国について,それぞれの国際秩序観について検討するだけにとどめておく。
 飯田論文は,本特集の趣旨を詳述するとともに,分析のための枠組みを提示している。まず国際秩序とは国際社会のあるべき姿に関する規範的および経験的アイデアの総体として定義した後,それには欧米の水平的社会思考とアジアの垂直的社会思考の2つがあることを指摘する。特に前者の例として,勢力均衡論と民主的平和論を,後者の例として華夷思想および日本の文明論を取り上げている。最後に,アイデアが外交におよぼす因果経路として,最初は便宜的に政策の正当化手段として用いられたアイデアが,その後制度化されるか,固定観念化して独自の影響をおよぼす可能性を示唆する。
 森論文は米国のリベラル国際主義を,保守的国際主義と進歩的国際主義とに区別し,通常米国独自の思想と見られるウィルソン主義は進歩的国際主義であるとする。保守的国際主義は米国流の価値観を共有する国とのみ平和が保てるとするが,進歩的国際主義はすべての国について,秩序形成の可能性を見出しうるとしている点が大きな違いである。しかし冷戦期にはこの区別は目立たなかったが,冷戦終結後には,再びこの違いが再浮上しつつあることを指摘している。
 苅部論文は日本のいわゆる「国連中心主義」の思想的背景について検討している。1957年の「外交青書」で高らかに謳いあげられた「国連中心主義」はわが国の戦後国際秩序論の柱といってもよいが,その内実は自明ではない。苅部論文は敗戦直後の日本では,きわめて楽観的な国連観が支配的であり,外交青書がそれをなぞったのも無理からぬところであったとしている一方,外務省内部では,国際政治の現実といかに折り合いをつけるかについて,「密教」的国連中心主義もあったことを明らかにしている。
 平野論文は,中国外交にまつわる諸思想を概観している。一見すると,近年,中国が対外的に発信している思想は平和を想起させるものである。特に「平和的台頭」や「新思考」などはそうである。しかし筆者によれば,いずれも矛盾を含むものである。特に新思考外交は,日本との平和共存をも可能とする思想であるが,しかしその背後には,米国敵視の考え方が見え隠れするため,平和のためのアイデアとしては限界があることを指摘している。
 細谷論文は,英国の国際秩序には「合理主義」,「勢力均衡」,「国際組織化」の3つがあり,それらはお互いに深く結びついていることを明らかにしている。「合理主義」はグロチウス主義ともいわれるもので,「国際社会」と国際法の重要性を前面に押し出す。「勢力均衡」は18世紀から20世紀初頭まで英国の外交政策を規定した思想であるが,これは,ウィルソン主義の影響を受けて連帯主義へと昇華され,これが戦後の英国外交の基礎となったとしている。
 このように一口に「国際秩序」といっても,それに対する考え方は多様であり,統一した思想は存在しえない。しかしそれが実際の外交に影響を及ぼすとすれば,単に「机上の空論」として片付けるわけにもいかない。我々の当面の課題は,多様な思想を精確に記述しそれらの間にいかに折り合いを見出すかであろう。

【参考文献】
Goldstein, Judith. 1993. Ideas, Interests and American Trade Policy. Ithaca, NY: Cornell University Press
Hall, Peter A. 1986. Governing the Economy: The Politics of State Intervention in Britain and France. Oxford: Oxford University Press.
Hall, Peter A. ed. 1989. The Political Power of Economic Ideas: Keynesianism across Nations. Princeton, NJ: Princeton University Press.
大矢根聡。2002。『日米韓半導体摩擦―通商交渉の政治経済学』有信堂高文社。


目次
<特集論文>
主要国の国際秩序観と外交 -比較のための手がかりとして 飯田 敬輔
リベラル国際主義への挑戦 -アメリカの二つの国際秩序観の起源と融合 森 聡
「国連中心主義」の起源 苅部 直
中国の「平和的台頭」は国際協調的だったか 平野 聡
イギリスの国際秩序観と外交 -合理主義・勢力均衡・国際組織化 細谷 雄一
<独立論文>
紛争地帯での国内政治と国際政治の連関 -自然実験によるレバノン市民の態度変容へのアプローチ 浜中 新吾
髙岡 豊
溝渕 正季
<研究動向論文>
民主主義の定着過程の観察方法 松本 朋子
<書評>
政治における空間的次元の変容に切り込む野心的な試み
 柑本英雄著『EUのマクロリージョン:欧州空間計画と北海・バルト海地域協力』勁草書房,2014年
評者=網谷 龍介
理念と政治の相互作用
 佐藤健太郎著『「平等」理念と政治 -大正・昭和戦前期の税制改革と地域主義』 吉田書店、2014年
評者=佐々田 博教
膨大な資料が構成する立体的な地方像 -地方の「政治」と「政策」をめぐって
 辻 陽著『戦後日本地方政治史論:二元代表制の立体的分析』木鐸社,2015年
評者=佐藤 健太郎
二つの架橋 -政治研究と行政研究、歴史研究と現代研究
 出雲明子著『公務員制度改革と政治主導―戦後日本の政治任用制』東海大学出版部,2014年
評者=清水 唯一朗
組織論から理念へ -政権党の「理想の自画像」探しを描く
 中北浩爾著『自民党政治の変容』NHKブックス、2015年
評者=菅原 琢
主役不在の調整をめぐる政治ダイナミズム
 稲吉晃著『海港の政治史』名古屋大学出版会,2014年
評者=箕輪 允智

◆毎号真っ先に読まれる「編集後記」58号

飯田 敬輔

 小心者の筆者にとって本企画はかなりの冒険であった。本誌のモットーは実証政治学であるが,今回は主に政治思想史や外交史の専門の方々に執筆をお願いしており,これら分野は第一世代の編集者が反旗をひるがえした対象であると考えられがちだからである。しかし,実証の対極にあるのはプロパガンダであって,特定の分野ではない。それどころか,冒頭の拙稿の趣旨にご賛同いただけるのであれば,これら分野は実証政治学の重要な一部となりうることは明らかである。そもそも実証政治学の目指すところは,学問の垣根を超えた総合知であるはずであり,分野間の境界とは,人間の能力の限界という必然と大学の人事制度という偶然の不幸な融合の産物であると思うのは筆者だけであろうか。

大西 裕

 選挙権年齢が18歳に引き下げられる。高校生も投票するようになるということで,主権者教育が改めて話題になっている。彼らが適切に判断出来るかということと,低投票率への懸念からである。同時に語られるが,実は性格が異なる。前者は投票の質の問題で,後者は量の問題である。質も量も改善されるに越したことはないが,両者は並び立つのか。大阪都構想をめぐる住民投票では大量の期日前投票者が生まれたが,仮に彼らが投票日に投票したとして,同じ判断をしたであろうか。選挙期間中にあふれ出た政策情報を考えると,疑問が残り,質と量の間にトレードオフが発生した可能性がある。低投票率と投票の質の問題は先進国共通の課題である。両者の改善が叫ばれはするものの,その関係は一歩引いて考える必要がある。

鹿毛 利枝子

 所属大学の大学院生が,1990年代の市区町村レベルのデータを収集しているが,意外に苦戦している。本人から自治体の担当者に問い合わせると,一定の年数が経過すると,どんどん廃棄しているという回答が多いようである。本当に廃棄しているのかどうかは定かでないが,リソースの問題はあるにせよ,曲がりなりにも公の情報であり,また学術的に貴重な情報でもある。もう少し容易に入手できるようにならないものかと思う。

増山 幹高

 カナダ議会は審議映像のライブストリーミングに字幕を付けている。英語は速記タイプ,仏語は音声認識を活用している。手話を映像に重ねることから始めて,字幕付与に移行した際,仏語は正確でないとしても音声認識に拠るとしたそうである。おそらく英仏公用語という言語環境において,議会でも両言語が飛び交うため,同時通訳を常に提供していることもあり,字幕付与のハードルが低く,英仏併記の会議録を12時間で作成し,会議や議員情報をタグ付けしたデータとして24時間でインターネット公開するという運用も可能なのであろう。こうした言語環境における議事手続きや議会運営の帰結として,会議録の訂正や削除は実質的に難しくなり,ひいては議長や事務局の権威・中立が維持されるのかもしれない。

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