『レヴァイアサン』57号 特集 日本における「左右対立」の現在
ISBN978-4-8332-1173-4 C1031 2015年10月15日発行
〔特集の狙い〕日本における「左右対立」の現在 (文責 鹿毛 利枝子)
本特集の谷口論文が述べるように,近年,「日本は右傾化しているのか」と海外の研究者から聞かれたことのある日本の研究者は多いのではないだろうか。このテーマに関する海外からの関心の高さに比べて,実証的な研究は立ち遅れてきた。しかし,「右傾化」しているか否かを聞かれるということは,「右傾化」しているように見えるということでもあり,これは海外にとってのみならず,日本国内においても関心事であるべきである。果たして日本政治は「右傾化」しているのか。「日本政治」が「右傾化」しているとすれば,誰が(政治家,世論,メディア),何故,どの程度,右傾化しているのか。
いわゆる「55年体制」の下では,日本における左右イデオロギー対立は,少なくとも二つの特徴をもつものとされてきた。まず,①政党間については,自民党と社会党を中心に,外交・防衛・憲法をめぐる対立軸が存在した。さらに,②自民党内においても,外交・防衛・憲法をめぐる対立が存在するとともに,経済イシュー(大きな政府・小さな政府,自由化・規制緩和など)をめぐるクリーヴィッジも存在した(大嶽1994,1996)。西ヨーロッパ諸国では政党間においてみられる経済イシューをめぐる対立が,日本でも存在しないわけではなく,エリート・レヴェルにおいて,かつ自民党という政権党内において展開されてきたのである。
この構図は2000年代以降,どのように変容してきたのだろうか。まず,政党レベルにおける変化について,「東大・朝日調査」の充実したデータを用いて検証するのが谷口論文である。本調査の大きな利点は,同じ質問項目を繰り返し聞いていることであり,本論文は,争点態度に関する質問項目(集団的自衛権行使の容認・防衛力強化など)について項目反応理論を用いつつ,2003年から2014年にかけての国会議員の政策位置の変化を分析する。その結果,自民党候補者の政策位置はたしかに右にシフトしており,他方民主党候補者の立場は,とりわけ2012年以降,やや左にシフトしていることを示す。
「東大・朝日調査」はまた,有権者調査も行っているので,同じ時期において,同じイシュー領域について有権者の意識の変化も辿ることが可能である。谷口論文は,2003年から2014年の同じ時期において,自民党支持者の外交・防衛分野の同じ政策イシューをめぐる立場は殆ど変わっていないことを示す。つまり,自民党支持者の立場はさほど変わっていないにもかかわらず,自民党候補者の立場は顕著に右にシフトしているのである。他方,民主党支持層は2009年以降,左傾化の傾向がみられる。
竹中・遠藤・ジョウ論文は,やはり「東大・朝日調査」を用いつつ,世論のレヴェルでは「右傾化」の根拠は見出せないこと,他方イデオロギーが安倍首相や安倍政権の施策に対する評価に影響を与えているものの,投票先の選択には大きな影響を与えていない点を示す。その上で,これらの現象が,都市と地方において顕著な差がみられないという主張を,詳細な分析から検証する。世論のレヴェルでは右傾化の傾向はみられないという指摘は,谷口論文とも重なるものである
。 安倍政権に関する評価が,主として経済政策面の評価と繋がっており,安全保障分野の評価との連関は薄いという指摘は,メディアなどではしばしばなされてきたものの,システマティックに検証された点は重要である。「55年体制」下においては,左右イデオロギーと投票政党の間に一定の相関があることが示されてきた(三宅 1989;蒲島・竹中1996など)が,竹中・遠藤・ジョウ論文によれば,2012年衆院選・2013年参院選では,イデオロギーと投票政党の間の繋がりは検証されないという。
谷口論文の指摘するように,いわゆる「イデオロギー的」イシュー領域(外交・防衛・憲法など)をめぐる政党間の政策距離が拡大しているにもかかわらず,竹中・遠藤・ジョウ論文の述べるように,有権者は経済イシューを重視して投票しているとすれば,大半の有権者は,いわゆる「イデオロギー的」領域における政党間の政策距離の拡大を(意図的にかどうかは別として)無視しながら投票していることになる。投票先の選択において経済イシューの重要性が高まっているとすれば,竹中・遠藤・ジョウ論文のいう「脱イデオロギー化」というのは,有権者の「物質主義化」でもあるのかもしれない。そうだとすれば,この「物質主義化」はなぜ起きているのか。「物質主義的」有権者と「イデオロギー的」有権者を隔てるものはなにか。そもそも有権者は外交・防衛分野における政党間の政策距離の拡大をどこまで認識しているのか。今後の分析が待たれる。
谷口論文が指摘するように,政党間の政策距離がこの10年間で拡大しているとすれば,政治参加にはどのような影響が生まれるのか。この点に関連する考察を行ったのが境家論文である。ダウンズ的なロジックからは,主要政党間の政策距離が拡大すれば,投票率はむしろ上昇することが予想される。実際,境家論文は,他の条件が同じならば,有権者が主要政党間の政策距離を大きく認識すればするほど,投票率は上昇する傾向があることを示す。(谷口論文が指摘するように)政党間の政策距離が実際にも拡大しているとすれば,投票率も上昇する傾向が見られるはずである。しかし,この点には留保が必要である。というのも,既に述べたように,実際に政党間距離が拡大していることと,それが有権者に正確に認識されるかどうかは別問題だからである。両者を繋ぐ要因としては,メディアへの接触頻度,教育水準等,様々な要因が考えられるので,今後の研究が楽しみである(最近の例はMiwa,2015等)。
マッケルウェイン論文は,竹中・遠藤・ジョウ論文が浮き彫りにした「物質主義的」有権者の内容をさらに詳細に掘り下げるものでもある。外交・防衛イシューをめぐる左右対立を取り上げた前三論文とは異なり,マッケルウェイン論文は,経済イシューにおける左右対立の影響を検討する。具体的には,筆者は,内閣支持率が,将来の個人的な暮らし向きに関する見通しの影響を強く受けると論じる。しかしその影響は線形ではなく,将来の個人的な暮らし向きに関する見通しが悪化すると考える人が増えれば内閣支持率は下がるが,見通しが改善しても支持率は上がらないことを,詳細な時系列分析を通して実証する。また興味深いことに,暮らし向きについての悲観論は失業率や物価上昇率というような,いわゆる「格差」に関わる指標ではなく,むしろ株価に強く規定されるとする。筆者も指摘するように,失業率のような生活に直結する指標よりも,株価の方が内閣支持率に大きな影響を与えるという指摘は民間エコノミストや政策関係者の間ではなされてきたがシステマティックな分析は少ない。さらなる分析が待たれる。
本特集の論文は,今後の研究に向けて,多くの研究課題を提起する。そのいくつかは既に指摘した通りである。また谷口論文の指摘するように,自民党候補者の「右傾化」が進んでいるとすれば,それはなぜか。エステベス-アベ他 (2008)やCatalinac (forthcoming)は,外交・防衛イシューが重視されるようになった要因として,選挙制度改革の影響を指摘するが,利益団体の活動の影響等,まだまだ未解明の部分も多い。加えて,本特集では,政治家と世論についての考察は含めることはできたが,メディアについての分析は残念ながら入れることができなかった。今後の研究が大いに期待される。
参考文献
省略(本誌をご覧ください)
目次 | |
---|---|
<特集論文> | |
日本における左右対立(2003~14年) -政治家・有権者調査を基に | 谷口 将紀 |
有権者の脱イデオロギーと安倍政治 | 竹中 佳彦 遠藤 晶久 ウィリー・ジョウ |
戦後日本における政党間イデオロギー配置と投票参加行動 | 境家 史郎 |
株価か格差か -内閣支持率の客観的・主観的経済要因 | ケネス・M・マッケルウェイン 豊福 実紀 訳 |
<研究ノート> | |
世論調査の回答率と投票率の推定誤差 | 松林 哲也 |
<書評論文> | |
「民主化」の中の日本政党政治 -ヨーロッパとの比較において 村井良太『政党内閣制の展開と崩壊 1927~36年』有斐閣,2014年 井上敬介『立憲民政党と政党改良 戦前二大政党制の崩壊』北海道大学出版会,2013年 |
中田 瑞穂 |
平成以降の政党政治の軌跡とその後の課題 薬師寺克行『現代日本政治史――政治改革と政権交代』有斐閣,2014年 後藤謙次『平成政治史』(全第3巻)岩波書店,2014年 星浩『官房長官――側近の政治学』朝日新聞出版社,2014年 |
濱本 真輔 |
<書評> | |
重層的難民ガバナンスの立体的把握に向けて 中山裕美著『難民問題のグローバル・ガバナンス』東信堂,2014年 |
評者=足立 研幾 |
出来事のメカニズムから解く公務員数抑制への道 前田 健太郎『市民を雇わない国家―日本が公務員の少ない国へと至った道―』東京大学出版会,2014年 |
評者=千田 航 |
誰が、何を、いつ、どのように比較するか 粕谷祐子著『比較政治学』ミネルヴァ書房,2014年 |
評者=矢内 勇生 |
<同時書評へのレスポンス> | |
古酒の嗜み方 | 久米 郁男 |
◆毎号真っ先に読まれる「編集後記」57号
飯田 敬輔
案の定,安保国会は波乱含みの展開となった。「国民の理解が進まない」中,強行採決が行われた。理解が進まないとはいえ,多少なりとも人口に膾炙するようになったのは「存立危機事態」という新概念である。きわめて漠然とした概念であることは確かであるが,政権が示したような具体例が現実のものとなる確率はどの程度であろうか。もっともありうるのはホルムズ海峡封鎖の例であるが,それもここへきてかなり遠のいたといわざるを得ない。国の存立を脅かす可能性がもっと高いのは,短期的には財政破綻,中期的には地方消滅,長期的には気候変動による東京水没であろう。安全保障上の存立危機よりも確実にひたひたと迫り来る脅威である。目に見えぬ敵を相手に闘うよりも,目に見える危機に対して真っ向勝負してくれる政権はいつになったら現れるのであろうか。
大西 裕
私が所属する大学院では,入りたての学生向けに「政治学リサーチデザイン」の授業をおこなっている。今年は久しぶりに担当した。爽快だった。これほどまでに目に見えて成果が出る,言い換えれば学生の成長が感じられるのはなかなかない。最初に『原因を推論する』(久米郁男著,有斐閣)を読み,次に大量に論文を読んで,リサーチデザイン的に何がいいのかを検討させる。受講生は教科書の内容を駆使して,もう一人前に批評できている。なお,これとは別に,彼らには計量やゲーム理論の授業も用意されている。きちんとお作法を勉強することが如何に効果的か。当たり前のことではあるが,コースワークをこなすことが,初学者が研究を進めていく上での近道であることは間違いない。師の背中を見て学ぶ時代は終わったのである。
鹿毛 利枝子
研究調査のため,この一ヶ月で二度台北を往復した。何人かの立法委員(国会議員)にインタビューを行う機会を得たが,政治家といってもさまざまなタイプがいて面白い。知識人風のスマートなタイプもいれば,タバコをぷかぷかふかす,いかにも「政治家」風の政治家もいて,後者のタイプの方は,私との話を終えると,「選挙区に戻らないといけないので」と,ベンツに乗り込んで風のように去っていった。聞けば,前者は比例区,後者は小選挙区の選出だという。総じて小選挙区選出の議員は選挙区対策に熱心で,政策に熱心なのは(落選の心配の少ない)比例区議員であると聞いた。日本では重複立候補の仕組みがあるため,小選挙区と比例区選出の議員にさほど違いが生じていないような印象も受けるが,どうだろうか。
増山 幹高
第189回国会は常会としては最長95日間の延長が行われた。安保関連法案の審議状況から,衆議院の再議決を可能にする60日ルールを考慮したものであった。法案審議では,審議時間80時間が目安だとか,公聴会の日程が決まると採決の準備が整うとされる一方,野党は徹底審議と言いながら,なかなか対案も出さず,時間稼ぎに勤しみ,メディアは実質的な審議がされているのかといった表面的な批判に終始する。いつもの光景,いつもの印象論という感は否めない。思い入れ,思い込みから脱することなくしては,適切な診断も適切な処方箋も得ることはできない。立法という権力行為を理解する最低限の基礎的な解説を『立法と権力分立』で試みた。