『レヴァイアサン』56号 特集 国会という情報学
ISBN978-4-8332-1172-7 C1031 2015年4月15日発行
〔特集の狙い〕国会という情報学 (文責 増山 幹高)
政治学者が議会や立法を考える場合,何らかの権力作用を念頭に置くのは不自然なことではない。国会についても,政治学者が興味を持つのは,例えば,国会において実質的な立法が行われるのか,国会における審議が立法に何か影響を及ぼすのかということである。往々にして,実質的な審議がない,議員立法が少ないと否定的な評価がなされ,それは言論の府という理念や英米議会との比較,行政府との相対的な関係において国会の通り相場となっている。
ただし,国会で何が顕在化するのかは制度的に条件づけられている。議会は弁論大会でもなければ,討論番組でもないし,誰彼構わず勝手に発言できるわけではない。言い換えると,誰がいつ発言できるのかといった権限を集積したものが議事進行や議会運営の規則・慣行の体系としての議会制度に他ならない。国会にも憲法に始まり,国会法や議院規則,多様な先例や手続きによる議会法体系があり,立法や審議において何が顕在化し,何を潜在化させるのかを規定している。つまり,国会における決議や質疑とは,真空状態のように何ら制約のないなかで集団論的な相互作用から帰結するのではなく,何らかの制度的な条件の下において立法に関わる権力作用として意図的に顕在化されるものである。
国会で起きることが全て記録されるわけでもない。国会の会議録が重要な情報であることに疑いはないが,例えば,委員会審議で頻繁に用いられる参考資料のように,審議の要点を視覚的に示すものでありながら,議員が特に求めない限り,会議録には含められない。また,都議会のヤジ問題が国際的にも注目されたように,今でこそ議会中継があり,ニュース報道で映像が流れるため,そうしたヤジや議場の様子が一般に知れるところともなるが,不規則発言故に会議録に残るわけではない。そもそも発言中にカンマやピリオドとは言わないのであって,会議録とは,実際の発言そのものではなく,ケバ取りという何らかの整文を経た加工物である。
スポーツでもビデオ判定が導入されてきているように,記録技術の進歩は競技自体にも影響し,規則にも変化を求める。議会も当初は会議録に残すことが唯一の記録手段であり,その方法は議事進行や議会運営をも規定してきた。例えば,会議を限りなく忠実に記録しようとする場合,言語体系にも拠るが,速記技術が発達することによって,むしろ速記を止めるということが認められたり,反対に,結果的に記録に残すことが重視されると,会議で発言もしていないことを事後的に議事に追加するという慣行を定着させたりする。国会の予算委員会でも,テレビ中継が入ると,質疑に立つ議員はカメラを意識して,大きなボードをわざわざカメラのほうに向けたりする。今日,記録技術として録音,録画は当然であり,動画のネット配信も普及してきている。公文書としての紙媒体の重要性に変わりはないとしても,記録技術の革新を考慮すると,文字情報に偏ったアプローチが議会において繰り広げられている多様な時空間を捨象していることは否めない。
こうした問題意識から,衆参両院の事務局が配信する審議映像を活用する方策として,審議の内容をキーワードで検索し,映像をピンポイントで再生する「国会審議映像検索システム」の開発に取り組んでいる。これにより,審議映像の利用方法が革新的に改善され,視聴覚障碍者にも活用されるとともに,国会に限らず,動画全般の音声認識による検索が可能となることを期待している。
今回の特集の狙いは,政治学者の狭い国会観から脱却し,国会を情報源とする多様な研究の可能性を追求することにある。まず座談会では,国会や地方議会における審議を政治学者でない研究者がどのように分析しているのか,政治学以外の分野において会議録や審議映像がどのような意味を持つのかを議論している。また「国会審議映像検索システム」を概説する論文とともに,国会の審議映像に着目した三論文を掲載している。具体的には,石橋・岡本論文は国会議員のホームページにおける審議映像の公開が議員の再選動機といかに関わっているのかを検証するものである。松浦論文は委員会の中断を審議映像から把握し,震災後の与野党関係における変化と関連づけることを試みており,木下論文は発言者の仕草を審議映像から把握し,非言語表現が受け手に及ぼす作用の実験的な分析に活用している。
目次 | |
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<座談会> | |
国会審議をめぐる学際的研究の可能性 |
司 会 増山 幹高 参加者 河原 達也 参加者 松田 謙次郎 参加者 木村 泰知 参加者 高丸 圭一 |
<特集論文> | |
いかに見たい国会審議映像に到達するか? -国会審議映像検索システムの概要 | 増山 幹高 竹田 香織 |
国会議員による国会審議映像の利用 -その規定要因についての分析 | 石橋 章市朗 岡本 哲和 |
東日本大震災の発生と日本の国会政治 -映像資料を用いた与野党関係の分析 | 松浦 淳介 |
国会審議の映像情報と文字情報の認知的差異 -政治コミュニケーション論による実証分析 | 木下 健 |
<同時書評> | |
新しい革袋の古い酒 久米郁男著『原因を推論する 政治分析方法論のすゝめ』有斐閣(2013年) |
福元 健太郎 |
社会科学にとって歴史とは何か 久米郁男著『原因を推論する 政治分析方法論のすゝめ』有斐閣(2013年) |
與那 覇潤 |
<書評> | |
民主政治における「政治の道徳化」 日下 渉著『反市民の政治学』法政大学出版局,2013年 |
評者=五野井 郁夫 |
覇権安全論は有効か? 飯田敬輔著『経済覇権のゆくえ』中公新書,2013年 |
評者=田所 昌幸 |
自殺予防の政策評価と政治学 澤田康幸・上田路子・松林哲也著『自殺のない社会へ -経済学・政治学からのエビデンスに基づくアプローチ』有斐閣,2013年 |
評者=辻 由希 |
韓国経済政策の比較政治学的検討 大西裕著『先進国・韓国の憂鬱 -少子高齢化,経済格差,グローバル化 』中公新書,2014年 |
評者=中井 遼 |
新しい政治参加メカニズムの提案と検証 荒井紀一郎著『参加のメカニズム -民主主義に適応する市民の動態』木鐸社,2013年 |
評者=中村 悦大 |
◆毎号真っ先に読まれる「編集後記」56号
飯田 敬輔
私にはどうやらジンクスがあって,海外出張をする度,世界のどこかで大きな事件が起こる。必ずしも出張先で起こるわけではないのだが,今回はシンガポール出張中にフランスでテロ事件が起き,人質を取った立てこもり状態が,ずっとCNNやBBCで中継されていた。かたや日本の方が平和かというと,そういうわけでもない。国連では日本でヘイトスピーチが野放し状態であることが問題視され,地方議会などで法規制などを求める決議が相次いだ。これを機に実際にどのようなヘイトスピーチが行われているかも報道されているが,それを見るととても文明国とは思えないようなディスコースである。憎悪は憎悪を生み,ひいてはテロにもつながりかねない。何らかの対策が取られることを望みたい。
大西 裕
今年は日韓国交回復50周年であるが,その関係は国交回復後最悪だといわれる。首脳会談すらもたれない事態が続いて久しい。しかし,昨年秋に両国の地方自治体を対象に実施した日韓姉妹都市提携アンケート調査によると,両国関係には全く別の側面が見られる。国交関係悪化後,日中間の姉妹都市提携は新規にはほとんど結ばれなくなったが,日韓ではなお増加している。提携している自治体は,日韓双方とも,外交関係悪化が提携事業に悪影響を与えていないとの回答が大半である。むしろ提携事業が双方で友情をはぐくんでおり,自治体は提携事業の継続・拡大を考えている。振り返ってみれば,国家間関係と都市間関係のねじれは他の国でもある。ド・ゴール時代にNATO脱退をめぐって米仏関係が悪化したが,それを反転させる友好ムードを醸成したのがロチェスター市とレンヌ市の姉妹都市関係だったという。グローバル化とともに国家間関係も重層化・多様化している。複眼的に見ることが必要であろう。
鹿毛 利枝子
先日,大学院でお世話になったシドニー・ヴァーバ氏に久しぶりに会った。高齢にもかかわらず元気で,こちらもかえってパワーをもらって帰った。氏は最近,ハーバードでの学事暦変更をとりまとめたと話しておられた。私の留学中,いわゆる「秋学期」は9月末から1月末までで,授業は12月までに終わったものの,期末試験やレポートの締切は大抵クリスマス明けの1月に設定されていた。このため,学生が休暇を楽しめないという意見が強かった(もっとも筆者にとって年末年始はあわててタームペーパーを書き,試験勉強を行う貴重な時期だったのだが)。独立性も自己主張も高いハーバードの各Facultyを説得し,年末には授業も試験も終わるよう,大改革をまとめ上げたという。人望厚いヴァーバ氏ならではの仕事であろう。筆者の所属校でも来年度から新学事暦が始まる。どうなることやら,である。
増山 幹高
特集では国会の「情報」を学際的,多角的に研究する可能性を探った。以前にも触れたが,本誌との最初の関わりは翻訳であり,その号の特集はマス・メディアと政治であった。今なら佐藤栄作,記者会見とネットで検索すれば,「新聞記者は出て行け」といった会見の画像や映像がヒットする。しかし,そうしたイメージは,当時は同時代的に報道や新聞を通じて人々の記憶に残るだけであった。画像は文字情報やパターン認識で検索できるようになったが,動画はどうするんだということが気になっていた。国会は膨大な資金を費やして審議映像を配信しているが,あまり使われていない。せめて関心のある部分だけピンポイントで再生できないか。今回の特集は短期的には5年間の共同研究の成果であるが,後知恵的に遡ると長年の妄想の結果とも言える。