木鐸社

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『レヴァイアサン』55号 特集 政治経済学のルネサンス

ISBN978-4-8332-1171-0 C1031 2014年10月15日発行

〔特集の狙い〕政治経済学のルネサンス (文責 大西 裕)

 1980年代から90年代初めにかけて,日本の政治学では「政治経済学」が大流行であった。日本では伝統的に日本人論がそれまでもよく論じられてきたが,この頃の議論のポイントは,史上まれに見る日本の経済成長である。チャーマーズ・ジョンソンは通産省研究を基礎に,「開発志向国家」という概念をうみだし,官僚主導という日本政治の特徴こそが日本を経済的成功に導いたと主張した。青木昌彦は日本政治の特徴を「仕切られた多元主義」と表現して経済的成長と結びつけた。他にも,村上泰亮の『反古典の政治経済学』,久米郁男『日本型労使関係の成功-戦後和解の政治経済学』など,枚挙にいとまがないほど日本の経済的成功に関する政治学的研究が続出したのである。こうした研究が,開発途上国の発展戦略にも影響を与えるほどであった。
 このトレンドは,1990年代冒頭のバブル経済崩壊とともに一挙にしぼむ。その後の日本経済の展開を見れば,成功の分析が頓挫するのはやむを得ないであろう。しかし,それが同時に,政治学のトレンドの変化にもつながり,政治経済学研究そのものの衰退につながったのは行き過ぎであったように考えられる。その後,日本の政治学は政党,選挙,議員行動など,政治学本来の領域で重要な業績をあげていくが,経済との関係を分析する研究は下火になってしまったのである。
 しかし,近年になって,政治と経済の関係を分析しようという研究関心は復活している。レヴァイアサンの書評欄でも取り上げられた,岡部恭宜,砂原庸介,Hieda,辻由希達の研究はその一群である。研究対象やアプローチもはるかに多彩になってきている。新川敏光や宮本太郎等によって本格的に導入されてはいた福祉国家研究は,福祉国家自体が大きく変貌していることもあり対象範囲を社会政策にまで拡大し,政治学における一大成長産業となっている。アプローチは,以前は少数の事例研究を中心とした歴史的制度論が大半であったが,それのみならず,方法論的には,実験,計量,数理,言説分析を取り入れ,理論的には合理的選択論から言説制度論まで多様性を増しているのである。
 本号では,日本において一時期衰退した感のあった政治経済学が,装いも新たに復活してきているその一端を示すことで,この分野への研究関心が本格的に喚起されることを期して特集を組んだ。
 以下,それぞれの論文の領域と方法論を簡単に紹介しよう。まず,直井・久米論文であるが,本論文は日本人が,とりわけ消費者がなぜ自身の利益には直感的に反する農業保護を支持するのかを,サーベイ実験を用いて明らかにする。本論文が扱うテーマは国際政治経済学における伝統的な通商政策に関するものではあるが,日本で未だに使用されているパットナム流の2レベルゲームによる集団政治ではなく,有権者の政治的性向から議論を組み立て,それを実験によって実証する点が大きく異なる。
 次に,岡部論文は,新興国における中央銀行の独立性が,いかなる条件の下でどの程度与えられるのかを,政権が感じる脅威の性格から論じる。中央銀行の独立性がマクロ政治経済に大きな影響を与えることは既に様々な研究で明らかになっているが,なぜ,どの程度独立性を与えるのかは,とりわけ新興国で解明が進んでいない問いである。これに対し,本論文はタイと韓国という事例を比較しながら,オーソドックスな歴史的制度論で説明する。本論文で重要なのは,中央銀行を司法制度など他の非選出機関との比較の中で理論的貢献を目指す点である。
 第3に,辻論文は,非正規労働の一形態である派遣労働法の政治過程を,言説制度論を用いて分析する。労働政治は政治経済学の重要分野の一つであるが,かつては男性稼得者モデルが前提とされていた。非正規労働者の割合の増加や労働の女性化はその前提を根本から再検討しなければならない。本論文は,労働政治における新しい対象に,ジェンダーの視点加えることのの重要性を強く印象づけるのに成功している。
 最後に,稗田論文は,先進国の経済社会構造の変化によって現われた「新しい社会的リスク」の一つである子育て支援の社会化の帰結の違いを,計量分析を用いて明らかにする。福祉国家研究は90年代初めまでの政治経済学ブームが去っても衰えることのなかった分野であるが,かつての研究と異なる点は手法の違いだけではなく,エスピン-アンデルセン以降社会保障政策分析枠組みの主流となっていた福祉レジーム論を相対化し,政党政治の重要性を正面に押し出しているところである。
 本号に収めた論文は,いずれも海外の政治経済学の研究動向を踏まえ,理論と方法論を吸収して展開されていて大変魅力的である。これらが同一のフォーラムで議論され,かつての「開発志向国家論」のようなさらに刺激的な議論に昇華することを期待したい。


目次
<特集論文>
人々はなぜ農業保護を支持するのか? -サーベイ実験から見えてくるもの 直井 恵
久米 郁男
現在の脅威と将来の脅威 -タイと韓国の中央銀行の独立性 岡部 恭宜
派遣労働再規制の政治過程 -「一般労働者の代表」をめぐる政党間競争 辻 由希
左派・右派を超えて? -先進工業21カ国における育児休業制度の計量分析 稗田 健志
<独立論文>
集票インセンティヴ契約としての資源配分政治 -マレーシアの開発予算・閣僚ポスト配分 鷲田 任邦
<書評論文>
官僚制への着目が示す戦後との架橋可能性
 清水唯一朗著『近代日本の官僚―維新官僚から学歴エリートへ』中公新書,2013年
 黒澤良著『内務省の政治史―集権国家の変容』藤原書店,2013年
 若月剛史著『戦前日本の政党内閣と官僚制』東京大学出版会,2014年
白鳥 潤一郎
<書評>
ムラの相対化の待つ内在的論理
 青木栄一著『地方分権と教育行政 -少人数学級編制の政策過程』勁草書房,2013年
評者=荒見 玲子
甦るイーストン?
 善教将大著『日本における政治への信頼と不信』木鐸社, 2013年
評者=遠藤 晶久
交渉による米軍海外基地展開の成功と失敗
 川名晋史著『基地の政治学  -戦後米国の海外基地拡大政策の起源』白桃書房,2012年
評者=大友 貴史
「立憲的動作」の逆説
 伏見岳人著『近代日本の予算政治1900-1914 -桂太郎の政治指導と政党内閣の確立過程』東京大学出版会,2013年
評者=島田 幸典
象はどこからやって来て、どこに向かうのか
 遠藤 乾著『統合の終焉 -EUの実像と理論』岩波書店,2013年
評者=ヒジノ・ケン
一体的な政党組織の形成は可能なのか?
 上神佳貴著『政党政治と不均一な選挙制度』東京大学出版会,2013年
評者=平野 淳一
企業は真に脱国家アクターたりうるか
 西村もも子著『知的財産権の国際政治経済学 -国際制度の形成をめぐる日米欧の企業と政府』木鐸社,2013年
評者=和田 洋典
<応答>
「政党指示の理論」をめぐって 谷口 将紀

正誤表
・135頁2行目(誤り)20%  (正)15%
 お詫びして訂正致します

◆毎号真っ先に読まれる「編集後記」55号

飯田 敬輔

 去る7月1日に,集団的自衛権の行使容認に関する閣議決定がなされた。久しぶりに日本の安全保障に関する論戦に触れることができ,国際政治学を生業とする者にとっては興味深かった。結果的には落ち着くべきところに落ち着いたという気がするが,唯一不満が残るとすれば,これで本当に日本の安全保障を取り巻く状況が改善するか,判然としないことである。あくまで将来起こるかもしれない事態に備えるための環境整備であるのであるから,致し方ないことかもしれないが,賛成論者の人たちには,「これで日米同盟は盤石です」とはっきり言ってほしかった。しかし,わが国が空想上の事態に備えている間に,イスラエルでは激しい戦闘が起き,ウクライナでは民間航空機が撃墜され,無辜の命が失われた。架空の事態について呑気に議論できるのは贅沢というものではなかろうか。

大西 裕

 昨年初めに,編著『選挙管理の政治学』を上梓したが,その直後から日本で選挙管理に関わる事件が続出している。とりわけ,6月末に発覚した高松市の選管職員の引き起こした,2013年の参議院選挙の開票作業にまつわる事件は衝撃的であった。票の入れ替えや得票数の操作など,民主主義の定着した日本ではあるはずがないと思われていた事実が次々に発覚した。既に一連の報道の中で知らされていることも多いので詳細には述べないが,異常に感じた点を一つ。それは,選管=選管職員として事件が報道されたことである。正しくは,選管とは選挙管理委員会であって,職員とは選挙管理委員会の指揮の下で働く事務局職員に過ぎない。なぜ選管委員にフォーカスがあたらないのか。さらに言えば,開票所には開票作業が公正に行われているかを監視する立会人がいるが,彼らは何をしていたのか。実はこの問題は,日本の選挙ガバナンスの不備とそれへの認識の低さが露見したと言うべきなのである。

鹿毛 利枝子

 6,7月の(編集後記執筆時の)この時期,海外の研究者が多く日本を訪れるので,毎年何人かは勤務先に招いて研究会を開催することにしている。学事暦のずれが逆に交流を可能にしている。アメリカの比較的大きなリサーチ大学と日本の多くの大学院の間で違うと感じるのはやはり絶対的な「刺激」の量である。自分の大学院時代には,絶えずあちこちで研究会が行われ,周りの研究に接する機会も多く,また自分の研究が(完膚なきまでに)叩かれるのも日常であった。あまりの刺激の多さに,院生時代の大半は消化不良に陥って過ごしたような気もするが,それが今の財産でもある。自分の大学院生にもそれだけの環境を提供したいと思いつつ,なかなか難しいものである。

増山 幹高

 都議会のヤジが問題となった。国会も多分に漏れず,伊吹議長は衆議院でのヤジが酷いので「なるほどと思える不規則発言を」と苦言を呈している。イギリスでは議場の華と肯定的である一方,アメリカではヤジは厳罰に処されると議員規律の高さが持ち上げられる。英米礼賛は,国会での審議が短い,議員立法が少ないといった類の議論にも通じるが,往々に品位や論争の欠如といった精神論や理想論に陥る。むしろ議会運営を見直すきっかけにしてはどうか。ドイツでは,本会議の定足数を緩く捉え,少数の議員だけで法案を審議する。会議をこなすだけの日程闘争が議員をすることもないのに会議に出させているのではないか。議員の品性を問うのもいいが,議員の人的資源を効果的に使う方法を考えてはどうか。

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