『レヴァイアサン』54号 特集 外交と世論
ISBN978-4-8332-1170-3 C1031 2014年4月15日発行
〔特集の狙い〕外交と世論 (文責 飯田 敬輔)
これまで日本の国際政治学・国際関係論では,外交と世論の関係について,あまり研究がなされてこなかった。これに対して,アメリカではこの両者の関係性についてさまざまな研究が行われている。このようなギャップはどうして生じるのであろうか。「外交では世論の考慮は無用」といったやや偏った先入観の影響もあろうが,それ以外にも以下のような技術的な問題があったように思われる。
第一に日本の世論調査は主に政府および報道機関によって行われているが,こと外交となると,「〇〇国に親近感を覚えますか」のような漠然とした質問が多く,政治学者が聞いてみたい質問があまり聞かれていない。第二に自分自身で世論調査をするのでなければ個人レベルのデータが得難く,集計データによる分析には自ずと限界がある。第三に,同じ文面の質問が定期的に用いられることが少なく,時系列的分析も困難である,などの理由である。
しかし技術の発展により,これらの問題も解決されつつある。例えばインターネットを使った世論調査の普及により,これまでよりずっと手頃な料金で世論調査を行うことができるようになった。インターネットの世論調査では,研究者によるテーラーメイドの質問を設けることができるだけでなく,さらに高度な実験的な手法を用いることもできる。つまり,回答者をいくつもののグループに分け,それぞれ異なる質問をすることにより,回答の差異から何らかの推論を行う方法である。本特集に収められた論文のうち2篇はこのインターネット世論調査の結果を利用している。また,栗崎氏らは新たなデータセットを用いることにより,技術的な問題を解決しようとしている。大村・大村論文は,既存のデータを使いつつも,高度な計量手法により,これまでにない知見にたどり着くことに成功している。
以下,それぞれの論文の目的と成果を簡単に説明しよう。まず,飯田・境家論文であるが,本論文は多分本邦初あるいは世界的にも珍しい質問をすることにより,外交と世論の関係について新たな地平を切り開こうとしている。新規性の高いのは「外交に世論は反映されるべきか」という規範的な質問を用いている点である。またそれぞれの外交イシューについて外交と民意にどれほどの差があるかについても聞いている。まず規範であるが「外交に世論は反映されなくともよい」と考えている回答者が相当数いることがわかった。また政権の外交政策を評価するに際して,自分のイデオロギーのほか,上記のような規範意識も影響することが明らかになった。
次に荒井・泉川論文であるが,本論文はコンジョイント分析という国際政治学ではこれまで使われることのなかった手法をインターネット世論調査に利用することにより日本人の武力行使に対する考え方を明らかにしようとしている。コンジョイント分析とは何らかの公共財の属性と価格の組み合わせを多数回答者に比べさせることにより,回答者がそれぞれの属性をどの程度大事に思っているかを測る手法である。荒井・泉川はこの手法を尖閣諸島有事のシミュレーションに対する回答の分析に応用し,日本人のなかには絶対に人命を失いたくないハト派から,どのような被害があっても領土を死守したいタカ派までが分布していることを明らかにしている。またその分類には,性別や年齢などその個人の属性に大いに関係していることも示した。
第3の栗崎・Whang論文は技術的に最も高度である。これまで国際政治学あるいは国際関係論では「観衆費用」という概念により「民主的平和」などの現象が説明されてきたが,その観衆費用は直接観察できないために,本当にそのようなものが存在するのかどうか不明であった。筆者らは新たなデータセットと分析方法を駆使して,この観衆費用の推定に成功している。 大村・大村論文は,アメリカで見られる「旗下集結」(有事の際に政権の求心力が高まること)という現象が日本にも存在するか否かを,国際紛争データを使用することにより,検証している。使用されている統計手法はこれまで国際政治学ではあまり応用されることのなかったもので,これにより日本にもアメリカと同様に,有事の際には一時的に政権に対する支持が高まることを確認している。
これら独創的な発想と高度な技術の組み合わせにより,「外交と世論」の研究にはかなりの発展の可能性があることが明らかになった。これが一種の起爆剤となって,今後日本でもこの分野の研究が進むことを期待したい。
目次 | |
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<特集論文> | |
外交と世論 -国民は両者の関係をどのように捉えているか | 飯田 敬輔 境家 史郎 |
日本人はどの程度武力行使に前向きなのか? -尖閣諸島有事シミュレーションを用いた選択実験 | 荒井 紀一郎 泉川 泰博 |
国際危機と政治リスク -観衆費用モデルの構造推定 | 栗崎 周平 黄 太熙 |
武力衝突と日本の世論の反応 | 大村 啓喬 大村 華子 |
<独立論文> | |
離脱と民主主義 -体制変動期メキシコにおける選挙暴力抑制要因としての人口流出 | 豊田 紳 |
<研究動向論文> | |
民主主義体制と国際関係 -動態的な理論枠組みの構築に向けて | 湯川 拓 |
<書評論文> | |
日本の地方自治と政治体制 市川喜崇『日本の中央-地方関係―現代型集権体制の起源と福祉国家』法律文化社,2012年 木寺元『地方分権改革の政治学―制度・アイディア・官僚制』有斐閣,2012年 砂原庸介『大阪―大都市は国家を超えるか』中央公論新社,2012年 |
久保 慶明 |
<書評> | |
沖縄は誰のものかを問う 中島琢磨『沖縄返還と日米安保体制』有斐閣,2012年 平良好利『戦後沖縄と米軍基地―「受容」と「拒絶」のはざまで 1945~1972年』法政大学出版局,2012年 |
評者=植村 秀樹 |
高齢者福祉と政治制度 Takeshi Hieda, Political Institutions and Elderly Care Policy, Palgrave Macmillan, 2012 |
評者=尾野 嘉邦 |
政党支持の通説的理解への挑戦 谷口将紀著『政党支持の理論』岩波書店,2012年 |
評者=善教 将大 |
フェミニストらによる地方政治での草の根保守主義の分析 山口智美・斉藤正美・荻上チキ著『社会運動の戸惑い:フェミニズムの「失われた時代」と草の根保守運動』勁草書房,2012年 |
評者=武田 興欣 |
国際政治学の原型としてのモーゲンソーの思想 宮下豊著『ハンス・J・モーゲンソーの国際政治思想』大学教育出版,2012年 |
評者=福島 啓之 |
◆毎号真っ先に読まれる「編集後記」54号
飯田 敬輔
久しぶりに特集の編集をさせていただいた。比較的気心の知れたもの同士であったこともあって,予想以上にスムーズに編集作業が進んだように思う。特集の狙いには書き忘れたが,今回の特集のもう一つの特徴は,それぞれが共同執筆で,うち一人が国際政治の専門家,一人が国内政治あるいは方法論の専門家という取り合わせであった点である。これまでの国際政治学ではあまり行われてこなかった試みである。サンプルが少ないため一般化はできないかもしれないが,個人的な感想を言わせていただければ,今回のような取り組みは非常に有効であるように思われる。このような共同研究が今後も増えることを期待したい。辛抱強くご協力いただいた執筆者の方々,またデータを使用させていただいた早稲田大学の関係者に,厚く御礼申し上げたい。
大西 裕
友人からの年賀状に,日韓関係を心配し,韓国政治の説明を求める声が今年はことのほか多かった。日本から眺めていると,韓国は反日一色に見えるし,そういう論調の識者コメントをよく目にし,耳にする。確かに韓国のメディアや外交はこれまでになく反日的である。しかし,そんなことは韓国に行くとほとんど感じないし,国民年金改革や国鉄の部分的民営化の方がよほど重要なイッシューである。気になるのは,むしろ日本である。韓国政治をステレオタイプで見てしまっていないか。自分たちがどう見られているのか,そう見られていることが巡りめぐってどう影響するのかにやや無頓着になっている気がする。自分の心(世論,政治)を客観視するのは容易ではないが,今こそその必要性があるのではないか。
鹿毛 利枝子
必要が生じて社会心理学系の文献を読み込んでいる。数年前に本を出した際に積み残した「宿題」のようなものである。学生時代,心理学の授業も受けなかった私にとって,新しい分野は刺激的である。しかしそれで論文を書こうというのは,新しい語学を一から習得してその言語で論文を書こうとしているのに近い。言語をきちんと理解できているのか,その上で使いこなせているのか,甚だ心もとないが,語学と同じで,下手を承知で使わないことには上達しない。新しく覚えたことを下手なりに使ってみるのも楽しい作業である。
増山 幹高
政策研究大学院の学生の多くは留学生で,ほとんどが公的機関の職員である。修士課程は標準1年であり,今年の学生は日本の選挙を見聞する機会がないと思っていた。急遽都知事選が実施されたのは教育的には良かったが,都民の負担を考えると悩ましいところではある。大学は国際化,グローバル人材育成で,同業者の多くも競争的資金獲得に勤しんでいる。斯く言う私も,GRIPS Global Governanceという5年制博士課程に関わっている(検索⇒grips g-cube)。絵空事のコンペ用デザインを実際に施工・管理する大工の棟梁のような日々を送っているが,国民の血税で賄われていることを肝に銘じ,着実に成果を挙げていきたい。