『レヴァイアサン』52号 特集 変革期の選挙区政治
ISBN978-4-8332-1168-0 C1031 2013年4月15日発行
〔特集の狙い〕変革期の選挙区政治 (文責 増山 幹高・品田 裕)
近年,日本の政治と社会は大きな変動を経験してきた。これには二つの意味がある。一つは1990年代以降の長期的な変化である。日本政治についていえば,制度面では選挙制度改革や地方分権改革,市町村合併などが立て続けにあり,利益構造についても55年体制下のそれに変化が見られた。例えば「護送船団」方式の衰退である。有権者の意識においても無党派の増大や政策指向の高まりが見られる。同時に社会もまた,低迷する経済情勢,急速な高齢化,地方の疲弊,情報通信の発達など,さまざまに変容しつつある。この20年,われわれは,長く続いた戦後体制から徐々に離れてきたのである。加えて,このような長期的な変動の結果,このたびの政権交代に象徴されるように,変化自体が常態化している。これが,今,われわれが経験している,もう一つの変動である。
これに伴い,政治と社会のインターフェースといえる選挙区レベルでの政治もまた変化していると考えられる。むしろ,変化は,そのような境界,いわば「汽水」地帯の方がよく観察されるのではないか。新しい制度と変わりつつある社会に最も適した解を求めて,政治家も有権者も変ろうとするが,その変化の様態は相互に依存する。政治家は有権者の変貌を考えずにはいられないし,他方,有権者に提示される選択肢は政治家が創る。有権者と政治家の相互作用は,選挙区,つまり現場でこそ,良く観察される。そこで,本特集は,近年の変化を受け,政治家と有権者の関係がどのように変容しつつあるのかを実証的に分析することを意図した。具体的には,二つの変化を実証的に検討し,詳細な記述を行うことを心がけた。
5本の論文は,いずれもデータに基づいて近年の政治家,あるいは有権者の変化を丹念に追いかけたものである。その結果,浮かび上がったのは,二つの問題である。一つは,二大政党化の進展をどう見るか,もう一つは,ずっと日本政治について指摘されてきた,地元などの部分利益志向の行方である。長期的には,1994年の選挙制度改革以降,予想通り,二大政党化が進行している。有権者の意識においても,政治家の国会活動や集票活動においても,その方向で変化が生じている。並行して,中選挙区時代に浸透した地元利益志向もまた減りつつある。本特集では,二大政党の行方について論じると共に,どのようにして地元あるいは部分利益が語られなくなるのかという点についても,有権者や政治家双方について実証的に解明しようとする。
ただ,これらの変化は一様なものではない。国政の二大政党化が地方政治に及ぶとき,地方の文脈によって現れ方は異なる。国政の中でも,政党の戦略が異なれば,あるいは,有権者についても個人として見るか組織で見るかで,変化の現れ方それ自体にバリエーションが生じうる。さらには,長期的な有権者の変容の結果,地元利益から切り離され自分でものを考えるようになった大量の有権者が産み出され,現在の政治状況-衆院選でのシーソーのようにめまぐるしく勝者が入れ替わる選挙結果,ねじれ国会を生じさせる参院選の結果,多党化-が生じている。変化が常態となった現在,変化そのものが記述され分析される必要がある。
増山論文は,小選挙区比例代表並立制において,二大政党による競争が徐々に定着し,総選挙が政権選択の機会となりつつあったが,2012年の総選挙では,選挙区競争が小選挙区導入時の分裂的な状態に戻ったとする。また,河村論文は,「我田引鉄」といわれる利益誘導が選挙戦略として有効でなくなるという主張に対して,2009年の総選挙において新幹線未開通の石川県で自民党候補が苦戦した事例を通し,部分利益の趨勢を分析している。
今井論文は,なぜ参院選では与党が苦戦を強いられるのかと問い,有権者が政策的バランスを考慮して,衆院選と参院選で投票先を変えるようになったという可能性を検証している。また,山田論文は,総選挙と知事選挙が同時に行われる場合の両者における投票行動の関連性を検証し,与党への投票と現職候補への投票の関連性を2005年と2009年で比較している。
根元・濱本論文は,選挙制度改革以降,質問趣意書や議員立法といった議員行動に変化が見られ,より特定の地域や集団の利益を反映しなくなると共に,情報入手・争点喚起型の質問が増加していると論じる。
本特集が,長期的な変化の原因とその影響を,さまざまな政治の「現場」で発見・解明し,さらに,変化そのものを分析するきっかけとなれば,幸いである。
目次 | |
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<特集論文> | |
小選挙区比例代表並立制と二大政党制 -重複立候補と現職優位 | 増山 幹高 |
「我田引鉄」再考 | 河村 和徳 |
参院選における「政策バランス投票」 | 今井 亮佑 |
同日選挙の効果 -茨城県知事選挙と衆議院総選挙 | 山田 真裕 |
選挙制度改革による立法行動の変容 -質問主意書と議員立法 | 根元 邦朗 濱本 真輔 |
<書評論文> | |
「行政」から再考する近代日本政治外交史 村瀬信一著『明治立憲制と内閣』吉川弘文館,2011年 五百旗頭薫著『条約改正史:法権回復への展望とナショナリズム』有斐閣,2010年 西川 誠著『明治天皇の大日本帝国』講談社,2011年 |
評者=小川原 正道 |
冷戦構造と日本外交の戦略性 -日中関係史研究の最前線から 井上正也著『日中国交正常化の政治史』名古屋大学出版会,2010年 神田豊隆著『冷戦構造の変容と日本の対中外交:二つの秩序観1960-1972』岩波書店,2012年 服部龍二著『日中国交正常化:田中角栄,大平正芳,官僚たちの挑戦』中公新書,2011年 |
評者=昇 亜美子 |
<書評> | |
人目を引かない政策分野に関する注目すべき研究 京 俊介著『著作権法改正の政治学:戦略的相互作用と政策帰結』木鐸社, 2011年 |
評者=秋吉 貴雄 |
教育行政を合理的選択制度論で読み解く 村上祐介著『教育行政の政治学』木鐸社, 2011年 |
評者=木寺 元 |
際立つ大胆さ Rieko KAGE, Civic Engagement in Postwar Japan: The Revival of a Defeated Society, Cambridge University Press, 2011. |
評者=空井 護 |
中東権威主義体制の持続と崩壊の論理 福富満久著『中東。北アフリカの体制崩壊と民主化』岩波書店, 2011年 |
評者=浜中 新吾 |
◆毎号真っ先に読まれる「編集後記」52号
飯田 敬輔
このところ自分の研究が世の中の動きに振り回されることが相次いでいる。昨年8月,竹島。尖閣問題で日本外交が揺さぶられた際,インターネットでそれについて聞いてみようと思い,世論調査を行ったところ,調査がまさに行われている最中に中国で反日デモが展開され,日本で対中感情が極度に悪化,すくなからず我々の世論調査もそれに影響された。また年末には,グローバル化と政権交代の関係に関する論考を執筆していたところ,その執筆中に日本で政権交代が起き,あわててそれを1件の政権交代としてデータに加え,回帰式の推計もすべてやり直した。平素,学生には10年は時代の流れに耐えうる研究をしろといっているが,自分の研究がその基準を満たしているか怪しくなってきた。これも政治学の宿命か。
大西 裕
ここ数年取り組んできた,選挙管理の研究に一段落がついた。本誌が出る頃には編著が公刊されているだろう。あまり国際的な研究動向とか意識せずに面白そうなので手をつけたテーマだが,Lehoucq や Schaffer らに続き Birch の単著が出るなど,重要性を再認識することが多い。近年盛り上がりを見せている民主主義の「質」に関する研究とも深いつながりがあることもわかってきた。現象的にも,昨年の総選挙で管理上のミスがめだつなど,日本でも注目すべき状況になっている。二つほど感想。日本の選管を調査して思うのは,自治体職員の仕事が限界に近づいていて,そのしわよせが着実に選管業務に来ている。もう一つ,G.Huberではないが,政治学と公共管理をどうつなぐかが,やはり重要なテーマである。民主性と専門性の兼ね合いという,昔からある行政学の問題に改めて焦点を当てねばならないだろう。
鹿毛 利枝子
最近,飯島元秘書官の回顧録を読み返してみた。小泉内閣の政権運営がいかに緻密に 進められていたかが克明に記され,抜群に面白い。むろん小泉の個人的資質も大きかったのであろうが,小泉や飯島が政務次官時代や厚生大臣時代,郵政大臣時代に多くの行政経験を重ね,そこで蓄積したノウハウが首相就任後にフルに活用されたことが分かる。行政経験を所属議員にコンスタントに与え続けた,一党優位制のメリットをフルに享受した政治家だったのかもしれない。もっとも同じ機会からどれだけ吸収するかという「学習能力」には個人差があるので,結局はやはり個人の資質も無視はできない。政権党時代の民主党も様々な「政権運営ノウハウ」を蓄積したはずである。今後その経験が どのように活かされるのだろうか。
増山 幹高
ネット選挙が解禁されるべきかどうかはさておき,公職選挙法が情報通信手段の変化に対応していないことは明らかであろう。スポーツでもビデオ判定が導入されるように,記録技術の進歩に応じて規則を変えている。議会も成立当初は唯一の記録手段が議事録を残すことであり,その手続き自体が議事進行や議会運営をも規定してきた。記録技術としてもはや録音,録画は当然であり,動画のネット配信も普及してきている。公文書として紙媒体の必要がなくなるわけではないが,議会や立法に関するICTの活用にはまだまだ課題がある。一般公開を始めた国会審議映像検索システム(http://gclip1.grips.ac.jp/video/)は,発言自体の文字情報から審議映像をキーワード検索し,ピンポイントで再生するものであり,国会に関する情報の有効活用に寄与することを目指している。