木鐸社

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『レヴァイアサン』49号 特集 福祉国家研究の最前線

ISBN978-4-8332-1165-9 C1031 2011年10月15日発行

〔特集の狙い〕福祉国家研究の最前線 (文責 鹿毛 利枝子)

 福祉をめぐる議論はわが国のみならず,先進諸国。途上国を問わず,最も重要な課題の一つである。わが国のメディアにおいても,「少子化」「高齢化」「格差」といった問題を挙げるまでもなく,福祉をめぐる論議は活発である。財政赤字をめぐる議論は,福祉をめぐる議論であるといっても過言ではない。近年のわが国のメディア上の議論では,経済学者。社会学者による論考が多く,政治学者による発信は比較的目立たない。しかしかといって,政治学分野の福祉国家研究において本格的な研究が進んでいないわけではなく,むしろ逆であり,質的分析。量的分析の双方を駆使したダイナミックな国際比較研究が活発に展開されている。具体的には,年金。医療という伝統的な福祉国家領域においても重要な研究が蓄積されている一方で,「教育」「人的資本形成」というこれまで比較的光の当たらなかった分野で研究が進展していることは注目すべきである。本特集では,これらの領域における先端的な研究者に寄稿頂いた。
 伊藤論文は,ヨーロッパにおける公的年金分野において近年,大胆な改革が実現していることに注目する。ポール。ピアソンの指摘を挙げるまでもなく,従来,年金分野は経路依存性が強く,大規模な改革が実現しにくい分野であるとされてきたことを考えると,思い切った改革の実現は驚くべきことである。著者は改革を「集合行為問題」として捉えながら,執行権改革。政党政治。利益団体政治の変容が改革への政治的機会構造を開いたと主張する。
 山岸論文は,戦争が医療保険改革に及ぼすインパクトを検討し,戦争の長さ。動員の程度。長期化への予測といった変数が改革の程度を規定すると論じる。戦争が福祉国家の形成に重要な影響を及ぼすことはチャールズ。ティリーやスコッチポル等によっても指摘されてきたが,その詳細なメカニズムについては十分に研究が進んでいるとはいえない。本論考はこの間隙を埋めるものである。
 高橋論文は,近年ラテンアメリカにおいて拡大している,条件付き現金給付(CCT)の導入をめぐる条件を分析する。従来の貧困対策が「目の前の貧困」を給付対象としてきたのに対して,CCTは教育。保健。栄養面での統合的な支援による人的資本形成を通して,貧困サイクルが次世代に継承されることを断ち切り,「将来的な貧困」を減少させようとする点に特徴がある。他方,CCTプログラムのあり方は一様ではなく,同じCCTといってもラテンアメリカ地域内においても様々な形で導入されてきた。本論文は,このバリエーションを民主主義。党派性。市場開放度。経済成長率といった要因から説明する。福祉国家研究においてはともすると先進国ばかりが注目されがちであるが,高橋論文は,福祉分野においては先進国外の取り組みが理論面においても実証面においても無視しえないことを示す重要な論考である。
 上記3作が福祉国家。福祉政策の形成要因を探るのに対して,エステベス=アベ論文は福祉国家の社会的インパクトに注目し,福祉国家の態様の相違が男女の職務分離のあり方に及ぼす帰結を検討する。福祉国家,とりわけ福祉国家論で近年大きな影響力をもつ「資本主義の多様性論」がジェンダーに及ぼすインパクトについてはこれまでほとんど分析が行われておらず,本研究の分析は貴重な貢献である。本論文によれば,いわゆる「自由市場経済」(LME)と「調整型市場経済」(CME)は異なる技能の形成を促す。LMEが一般技能を重視するのに対して,CMEは企業特殊技能を重視する。しかし企業特殊技能は出産。育児によりキャリアの中断に直面する女性には不利である。一般にCMEではLMEに比べて所得分布の平等をもたらしやすいとされるが,著者はCMEは男女の平等という意味では問題も含むと指摘する。
 徳久論文は,エステベス=アベ論文が強調する教育。職業訓練の制度が日本においてどのように発展したのかを歴史的に分析する。1960年代に定着した日本の新規学卒一括採用という雇用慣行は,個々の企業の合理的な選択の結果定着したものであると指摘する。労働力需要の高かった1950年代後半から60年代にかけて,政府や経済団体は労働力移動を容易にする産業特有の技能を基幹に据え,それを可能にする人的資本の形成や,職務評価基準。職務給制の導入など積極的労働市場政策の展開を狙ったが,これらの試みは受け入れられなかった。その理由として本稿は,日本の生産レジームは企業特有の技能に親和的な雇用慣行や労働法制。教育制度をもち,それら複数の制度が相互補完的に機能していることが雇用慣行や学歴に対する社会的な認知枠組みも固定化した結果,刷新コストを高め,制度の安定をもたらしたと強調する。その上で80年代以降の教育領域における自由化が「格差」拡大の一要因となっている可能性を指摘する。教育。職業訓練は福祉国家の大きな柱を形成するにも拘わらず,これまで政治学者によって十分に検討されてきたとはいえず,本稿の貢献は貴重である。


目次
<特集論文>
現代ヨーロッパにおける年金改革 ―「改革硬化症」から「再編」への移行 伊藤 武
戦争と医療保険改革 ―歴史的制度論による比較研究の可能性 山岸 敬和
ラテンアメリカにおける福祉再編の新動向 -「条件付き現金給付」政策に焦点を当てて 高橋 百合子
資本主義の多様性論から見た性別職務分離 -技能と社会政策におけるジェンダー・バイアス マルガリータ・エステベス=アベ
豊福 実紀 訳
学歴と労働市場 ―日本型生産レジームの形成とその継続性 徳久 恭子
<研究ノート>
アメリカ通商政策における労働組合の存在感 -1997/98Fast-Track承認問題と対中タイヤ・セーフガード発動措置を例に 冨田 晃正
<著者インタビュー>
現代ドイツの実像を求めて
 著者 近藤 潤三 著(『東ドイツ(DDR)の実像:独裁と抵抗』)
聞き手
 浅羽 祐樹
解題
 待鳥 聡史
<書評>
「統制変数病」への処方箋? -政治学における傾向スコアの有用性
 星野崇宏著『調査観察データの統計科学 ―因果推論,選択バイアス,データ融合』岩波書店, 2009年
評者=飯田 健
large N をまとめる難しさ -現代地方議会研究
 馬渡 剛著『戦後日本の地方議会―1955-2008』ミネルヴァ書房,2010年
評者=辻 陽
アジアを知るための新制度論 vs 「難しい事例」としてのアジア
 粕谷祐子編著『アジアにおける大統領の比較政治学 ―憲法構造と政党政治からのアプローチ』ミネルヴァ書房,2010年
評者=松本 俊太

◆毎号真っ先に読まれる「編集後記」49号

飯田 敬輔

 東日本大震災で被災された方々には心よりお見舞い申し上げます。49号が出るころまでには福島第一原発の問題も収束に向かっていることを祈るばかりです。しかしこれからも賠償の問題や復興の課題,はたまた全国的な電力不足の問題は当分続いていくはずで,国民全員が痛みを分かちあっていく必要があるでしょう。私は防災や原発問題などについては門外漢であるため,これまで特に有用な知恵の発信もできず,はがゆい思いをいたしました。家内は震災を機にブログを書き始めましたが,これを始めると本来の仕事ができなくなるため,ひたすら自制しているところです。ともかく今後の原発行政あるいはエネルギー政策などのあり方などについて何らかの形で政治学から社会に貢献ができればよいなあと思っております。

鹿毛 利枝子

 私はいわゆる元祖「レヴァイアサン・グループ」に直接指導を受けた最後の世代にあたる。伝説となった本誌の「設立趣意書」では,「人格的対立なき論争」が高らかに謳われており,世間知らずの大学院生だった私は,アメリカの学界では そのような開かれた雰囲気で学問が行われているのだと信じて留学した。いざアメリカに着いてみると,思いのほか「人格的対立」を目にすることがあり,少しがっかりしたのを覚えている。アメリカの学会の雰囲気もここ数十年で変わったのか,私が最初に留学した90年代後半ごろまでには日本の学界の方も変わっていたのか,日米の学界の雰囲気にそれほど差を感じたことはない。本誌ができる限り「人格的対立なき論争」の場となればと願う。

大西 裕

 先進国研究と途上国研究の壁は薄くなってきている。今年6月に開かれた比較政治学会で改めて強く感じた。私が研究を始めた1989年,両者は別世界であっ た。研究テーマも異なれば,方法論も異なる。例えば,途上国研究で計量分析など,ほとんどありえないと考えられていた。民主化,産業化,グローバル化の進行はこうした二分論を過去のものにしつつある。共通のテーマで議論ができうるし,同じ方法論が使用可能となってきている。確かに,地域研究者のいうように,どの地域を対象とするにせよ,地域的文脈を大切にすることは重要である。しかし,同一の方法で比較しないと,先進国と途上国の違いは,本当は分かりようがない。むしろ,二分論者にこそ方法論。研究テーマの共通性は好ましいことのはずである。

増山 幹高

 菅首相が粘り腰だ(6月末でのことだが)。思い出したのは,クリントン大統領がスキャンダルを凌いでいくのでテフロンと呼ばれたことだ。一国の長として,厚顔なくらいのほうが良いのかも知れないが,玄人好みの筋書きではない。首相に退陣を求める参院議長の言動も物議を醸している。個人的には,議長の見識として主張すべきと思うことは主張すべきで,それを参議院が良としないなら,議長を交代させれば済むことだと思っている。ある地方紙の取材にもそう答えた。どんな記事になっているか気にもしていなかったが,記事を見た同業者から教えられて仰天した。何と西岡発言は議長の中立性を損なうというコメントになっていたのだ。大衆メディアの性とは言え,捏造にも程がある。なりふり構わない連中にはかなわない。

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