『レヴァイアサン』48号 特集 政治学と日本政治史のインターフェイス
ISBN978-4-8332-1164-2 C1031 2016年4月15日発行
〔特集の狙い〕政治学と日本政治史のインターフェイス (文責 増山 幹高)
現代系や実証系とでも括られる講座担当者と○○政治史といった講座の担当教員の間には深い溝があるように思われる。これは一般に両者の志向する研究上の目的に違いがあると考えられているからかも知れない。前者は出来事の因果関係の「説明」に重点を置き,後者は出来事の正確な「記述」に専念するという違いである。ただし,これら二つの目的は本来一致すべきであり,キングらが述べるように,「説明」であれ,「記述」であれ,肝心なことはいかに「体系的推論(systematic inference)」を行うかにある*。
衆参「ねじれ」国会となり,参議院が注目され,また地方分権改革を受けて,地方議会を体系的に把握しようという試みもある。こうした一連の研究は学術的にも,実践的にも歓迎されるべきことであるが,同時に国や自治体の基本的な制度に大きな変更はなく,そうした制度が潜在化させる情報があり,部分的に顕在化する情報のみが観察可能であることを留意しておかねばならない。例えば,小泉首相による郵政民営化の政治過程は,参議院の抵抗が首相にとっての足かせとなってきたという観点からは,首相が参議院に配慮したことの証左とされるかもしれないが,首相が参議院の立法権限を考慮し,参議院の受け入れられる範囲を先読みするという制度的観点からは,参議院が首相に民営化を断念させられなかった事例とも解釈できる。
また,地方議会が首長提案の条例に反対したり,修正したりする事例を調べあげ,そうした首長と議会の不一致に地方議会の影響力を見出そうとするものもある。ただし,衆参の一致が国会の議決に必要なように,自治体にとっても意思決定に重要なことは首長と議会が一致することである。地方議会についても議会の意向を首長に先取りさせるという潜在的影響力に着目するならば,厳然たる事実とは,ほとんどの条例採択において議会と首長に対立はないということである。むしろ,首長と議会が一致しないことを制度的要請と考えるほうが不自然であり,そうした観点から望ましい二元代表制とは,首長と議会が完全に対立する,例えば,最近の阿久根市のような状態ということになってしまう。
事例研究であれ,計量分析であれ,健全な「体系的推論」を行うには,分析対象の反事実(counterfactual)の可能性を考慮し,分析対象の観察制約が「体系的推論」に及ぼす影響を認識する必要がある。今回の特集の狙いは,本誌で展開されてきたような研究を狭い意味での政治学とすると,そうした政治学研究と政治史研究がいかに相互補完的に分析対象の反事実思考を助け,「体系的推論」を促すのかを考える題材を提供することによって,両者を架橋する方法論的基礎を確認することにある。
清水論文は,戦前における政治主導と官僚主導の展開を跡付け,桂園時代を転機として,政党政治が進展するとともに,政官関係が対立と協調を繰り返してきたとする。また,牧原論文は,自民党がいかにして長期政権となったかを問い,政権安定化メカニズムの生成と変質を跡付け,長老政治と党改革志向が織り成す統治政党のダイナミズムを明らかにする。
これら二論文が比較的に長期にわたる時期を通史的に論じるのに対して,まず赤坂論文は明治20年代初期の欧米議院制度調査にかかる新出史料などに基づいて,「議会官僚」たちによる議事法。議会先例の形成過程を検証し,議会の制度化に果たした議会事務局の役割を論じる。また,奈良岡論文は消費税導入に深く関与した「議会官僚」の日記および聞き取り調査に基づいて,自民党政権中枢の動き,野党の対応を検証し,そうした与野党間交渉に来る連立時代の予兆を見出そうとする。
* King, Keohane, and Verba. 1994. Designing Social Inquiry(真渕監訳『社会科学のリサーチ。デザイン』2004)。
目次 | |
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<特集論文> | |
政治主導と官僚主導―その歴史的組成と構造変化 | 清水 唯一朗 |
自民党「長期政権」の形成 | 牧原 出 |
統治システムの運用の記憶―議会先例の形成 | 赤坂 幸一 |
消費税導入をめぐる立法過程の検討―「平野日記」を手がかりに | 奈良岡 聰智 |
<研究ノート> | |
統制会・業界団体制度の発展過程 ―経路依存とアイディア― | 佐々田 博教 |
<書評論文> | |
組織統制と日本におけるデモクラシーの経路 -帝国陸軍と保守政党を中心に-
小林道彦著『政党内閣の崩壊と満州事変―1918~1932』ミネルヴァ書房, 2010年 森靖夫著『日本陸軍と日中戦争への道―軍事統制システムをめぐる攻防』ミネルヴァ書房, 2010年 小宮京著『自由民主党の誕生―総裁公選と組織政党論』木鐸社,2010年 |
村井 良太 |
<書評> | |
「吉田ドクトリン」の起源を探る力作 楠綾子著『吉田茂と安全保障政策の形成―日米の構想とその相互作用,1943~1952年』 ミネルヴァ書房,2009年 |
評者=池田 慎太郎 |
歴史的制度論の新しい可能性あるいはポリティカル・サイエンスの呪縛 岡部恭宜著『通貨金融危機の歴史的起源―韓国, タイ, メキシコにおける金融システムの経路依存性』木鐸社,2009年 |
評者=上川 龍之進 |
大統領と支持者の狭間のアメリカ議会内政党 待鳥聡史著『<代表>と<統治>のアメリカ政治』講談社 ,2009年 |
評者=岡山 裕 |
「消費者」から見るフォーマル・モデル 小西秀樹著『公共選択の経済分析』東大出版会,2009年 |
評者=砂原 庸介 |
研究発展の礎石となる包括的通史 竹中治堅著『参議院とは何か 1946-2009』中公叢書, 2010年 |
評者=待鳥 聡史 |
村松官僚制論の射程と限界 村松岐夫著『政官スクラム型リーダーシップの崩壊』東洋経済新報社,2010年 |
評者=山口 二郎 |
二極化する日本政治学のブレイク・スルーを目指して 渡部純著『現代日本政治研究と丸山眞男 制度化する政治学の未来のために』勁草書房,2010年 |
評者=山田 真裕 |
◆毎号真っ先に読まれる「編集後記」59号
飯田 敬輔
昨夏より編集委員をお引き受けいたしました。これまでのところあまり編集には貢献しておりませんが,これからは本腰を入れて頑張りたいと思いますので宜しくお願いいたします。レヴァイアサンの編集から少し話は外れますが,昨年,かなり本格的な翻訳の仕事をしました。多分この号が出るころには書店に並んでいるものと思います。日本はいうまでもなく翻訳文化であり,ありとあらゆるものの邦訳が出ていますが,今回自分で本を一冊訳してみて,翻訳という仕事がいかに根気のいる仕事かということを思い知りました。これまで翻訳は飛ばし読みが多かったのですが,業界の裏側ではどのくらいの人が汗を流しているかと思うと,今後は名訳に出会った時は,感謝して読まなくてはいけないと反省しきりです。
大西 裕
歴史家は身近な存在でもあり,そうでもない。学会で,あるいは学部内で一緒に仕事をすることはかなり多いが,研究交流となると機会はそう多くない。そんな中,昨年まで2年半にわたって「日韓歴史共同研究」に参加し,歴史家と研究方法や姿勢について議論できたのは幸いであった。強く感じたのは,分析対象へのこだわりがずいぶん違うということである。私は政治,経済,社会などの研究分野やその背景にあるディシプリンにこだわるが,彼らはそのような分野の区別などなきがごとく振る舞い,そうしないことでこぼれ落ちる現象にこだわる。しかし,思い起こせばこの違いは,身近なはずの地域研究者との間でも感じられる。隣接業界との緊張は重要であるが,研究領域によっては内面化する。ある種のコウモリ問題ともいえるか。
鹿毛 利枝子
昨年夏からミシガン大学に来ている。初めての中西部暮らしである。到着前には ミシガン=自動車産業の拠点=斜陽産業を抱える荒廃地域,というイメージしかなかったのだが,デトロイトはとにかく,アナーバーは思いのほか美しく生活水準の高い街である。アメリカのソーシャル・キャピタル研究者はパットナム,スコッチポルなど,なぜか中西部出身者が多いのが以前から気になっていた。確かに住んでみると,上昇志向も押しも強い人間の多い東海岸に比べて,ミシガンでは公共心に富んだ,心穏やかな人々が多いように感じるが,これでは説明にはならない。今回の滞在でこの長年の疑問を解消できるだろうか。
増山 幹高
現在の職場は,主に公務員を対象とする大学院であり,3分の2が海外からの留学生ということもあり,かなり特殊な組織である。本誌に出会った学部生時代には教壇に立つことも夢想だにしていなかった。今のような組織で教務的な仕事に日々追われるようになるとは,自らの歴史的展開ではあるが,人生とはわからないものである。今回の特集のような問題を意識するようになったのは,実は政策研究大学院が2002年に行った国際シンポに招かれ,歴史研究と計量分析の関係を検討したのがきっかけである。その後,選挙学会や比較政治学会で政治史のパネルを企画し,また史料収集のプロジェクトに参加する機会に恵まれ,今回の特集に結実した。偶然ながら,ある学会誌で政治学の計量分析特集も同時並行で進めた。オペレーションズ・リサーチ誌2011年4月号は今回の裏特集であり,併せてご覧頂きたい。