木鐸社

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『レヴァイアサン』45号 特集 世界の市民社会・利益団体

ISBN978-4-8332-1161-1 C1031 2009年10月15日発行

〔特集の狙い〕世界の市民社会・利益団体 (文責 辻中 豊)

 『レヴァイアサン』の発刊の趣旨(創刊号,1987年秋)は今読み直しても説得力がある。いや22年を経て再度,確認されるべき時ではないか。確かに,レヴァイアサンの狙いとした実証的,経験的な日本研究を中心とした現代政治分析は着実な広がりをみせ,日本の政治学界を大きく変容させた。本誌の書評欄はそれを雄弁に語る。現代の政治分析において実証的根拠の希薄な印象的研究はほぼ姿を消した。がしかし他方,率直に現代日本政治を分析する政治学界の状況を眺望してみた場合,意味のある政治のリアリティの焦点をあて,それを倦まず弛まず経験的に分析する実証的で説得力ある論文やモノグラフ自体は,そう数多くあるわけではない(1)。
 ではどうすれば,より一層「リアリティに迫る」ことが可能か,そうしたことから本特集の趣旨を考えておきたい。発刊の趣旨にありながら,近年目だって進展していないものに「比較分析と累積的な知識体系の構築」(四),「外国の。。(研究者とともに行う)共同研究や研究会議」の組織や参加(五),「未整理の段階にある仮説を呈示し,活発な批判と反批判を期待するという態度」(五)があるように思われる。逆にそこで批判されながらなお根強いものに「一種の『完全主義』的偏向」(六)や「書斎にだけ閉じこもって研究を続けるといった態度」(三)などが指摘できる(2)。
 解釈すれば,この間の,レヴァイアサン発刊を契機とする(意図されたわけではないが)一種の日本型「行動科学革命」(3)が生じ,「方法的自覚に基づく多様な分析手法が導入され」(三)たがために,比較研究,共同研究,記述的な累積的研究に,より方法論的な厳密性が強く意識され,かえってスマートではあるが,ややリアリティが欠けがちな(従属変数にあまり魅力のない,いわば現実政治との関連性relevance(4)の薄い)研究が増えているのではないだろうか。いうまでもないが,レヴァイアサンは行動科学「以後」の実証的。経験的研究の学術誌であり,常に研究対象(従属変数)がなぜ選択されるか,いかなる意味を持つかは問い続けなければならない(5)。
 さて,そうした中で,今回の特集は,編者がこの間,一貫して「政治の実質」(substance)(6)と考え,実際1960年代以降の国際的な政治学研究においてもマクロな政治体制,政治システムの比較研究の最初のテーマ(7)でありながらも,なかなか「比較研究」が困難な対象,利益団体と市民社会を取り上げる。すでに何度かレヴァイアサンでも類似のテーマは取り上げられている(8)が,体系的な比較研究としては最初である。
 政治分析の目的は,理論的にスマートで美しい論文を書くことそのものではなく,そうした分析を通して,現実のある側面,リアリティに迫ることでなければならない。対象がタフで容易に接近を許さないものであっても,それが現実政治的に有意であれば何らかの手法で,何度も永続的に挑みかかり,たとえ美しい分析でなくとも,少しはリアリティに迫る,意味ある発見を提出することが重要である。
 そうした問題意識から,この困難を乗り越え,リアリティに迫るために執筆者たちが用いている方法は,国際共同研究を行い,比較政治体制を念頭に分析するという手法である。
 本特集のすべての論文は,JIGS共同研究(Japan Interest Group Study(9))の一環である。JIGS調査は1997年に地球環境政策ネットワーク調査の一部として日本から始まり,韓国,アメリカ,ドイツ,さらに科学研究費。人文社会振興プロジェクトなどを得て,中国,トルコ,ロシア,フィリピン,ブラジル,バングラデシュ,ウズベキスタン(ポーランド,エストニア)と拡大し,他方で2005年からは特別推進研究として,第二次JIGS調査が日本,韓国,ドイツ,アメリカ,中国で行われた(一部継続中)(10)。主要な関係者の総計は13ヶ国およそ40名に達する。一つの国の調査には,国内の専門家や若手研究者を糾合するだけでなく,必ず現地の専門家をパートナーとすることが必須である。この意味では,国際共同研究はは地域研究でもある。
 もう一つ,執筆者たちがとる方法は,比較政治(Comparative Politics)および比較方法(Comparative method)である。比較方法と比較政治を混同してはいけない。比較方法はあらゆる単位レベル,あらゆる対象の社会科学で可能であるし,必要な方法であるが,それを比較政治(学)と混同してはいけない。概念の過大な拡張になる可能性があり(11),また「国家」の軽視になる危険性と,交差国家的な記述分析による発見と示唆を軽視する可能性を孕むからである(12)。執筆者たちは比較政治体制の視座(交差国家比較)を重視しつつ,システム内の比較を含めて多様な比較方法を用いている。
 この特集には,日本の利益団体を扱う二論文,日本の市区町村からみた市民社会組織をみる一論文と合計三点,そしてドイツ,韓国,中国を扱う三つの外国を中心とした論文が収められた。日本を扱う三論文は,日本全国を対象とした市民社会とガバナンスの関係に焦点をあてた社会団体(JIGS2)調査。市区町村調査をもとに前回JIGS調査との比較やレベル別の比較など多様な比較分析を行っている。  なぜ,この四カ国なのか。JIGS共同研究は既に触れたように一三カ国へと発展しているが,当初のフレームでは,日本と比較可能性の高い,韓国,ドイツ,アメリカであり,その後,中国調査がそれに加わった。JIGS2として二次にわたる調査はこの五カ国の調査研究である。現時点で利用可能な分析がそのうち四カ国(但し中国はJIGS1データ)であるということである。
 フォリヤンティ論文は,ドイツ社会団体調査の対象地域であるハレとハイデルベルグを体系的に比較している。ハレは旧東独,ハイデルベルグは西独であり,社会経済環境および政治配置には明白な相違があるが,ともに同規模の大学町である。廉載鎬論文は,韓国では,前回の調査(K-JIGS1)との比較や,日韓比較を中心に制度遺産,構造特性の永続性を確認しつつ,市民社会が参与するニューガバナンスの制度的進化が,国民の政府’である金大中政府と‘参与政府’である盧武鉉政府を経ることでいかなる変化が生じたか,を検証する。小嶋。崔。辻中論文は,第一次中国調査(C-JIGS1)に含まれる北京市,浙江省,黒龍江省の多層レベルの社団データを丹念に記述分析する。
 いずれも市民社会組織でありかつ利益団体である社会団体の全体像を把握し,記述し特徴づけることを試みながら,政治体制やその質的な変動,過去の体制に由来する制度遺産の意義を検討しつつ,市民社会と地方政府,ガバナンス,コーポラティズムの現在を検討している。いずれも丁寧にデータを紹介しつつ,分析された貴重な研究である。
 記述的推論は重要であるとされながらも,その重要性は体得されていないように見える。丹念に交差国家的なデータや国内のデータ比較を行うことからこの六編は,記述的分析に徹しながらも,国際的に見ても貴重な二時点5カ国(ならびに一時点では13カ国)JIGS共同研究の,多様で豊かな潜在力を垣間見させるものとなっている(13)。

(1) 同様なことを筆者は二〇周年記念40号(辻中豊「政治分析。日本政治研究におけるアプローチのフロンティア」『レヴァイアサン』40号,8-14頁)においても,詳細に述べている。またぜひ創刊号の「発刊の趣旨」を再度お読みいただきたい。
(2) ( )内の数字は,発刊の六つの趣旨の関連番号。研究環境の変化からか,研究者の内向性が増している。
(3) 行動科学はもっぱら計量的手法を用いた政治の経験的分析であったが,レヴァイアサンの発刊の時期には,「合理的選択(フォーマルセオリー)革命」とでもいうべき,演繹的数理的手法の導入とも重なった。この革命が実はより大きな影響を経験的研究に与えた。アメリカ政治学会ではそれへの反省は,2003年のPerspective on Politicsの発刊となって表面化した。
(4) 山本吉宣「行動論以後の計量政治学」年報政治学1976『行動論以後の政治学』岩波書店。
(5) 村松岐夫「研究の戦略」『レヴァイアサン』40号,19頁。脱行動論革命については,D.イーストン(山川雄巳訳)『政治体系 第2版』ペリカン社,1976年(原著1971年),第12章。
(6) 村松岐夫。伊藤光利。辻中豊『戦後日本の圧力団体』東洋経済新報社1986年1頁。Substanceという言葉は有用で,「万物の下にしっかり立っている」という原意をもつ。利益団体。市民社会はまさにこの意味ですべての政治の下にしっかり立っているもの,である。
(7) G.A.アーモンド(内山秀夫ほか訳)『現代政治学と歴史意識』勁草書房1982年Ⅱ「利益集団と政治過程の比較研究」。
(8) 『レヴァイアサン』14号「利益集団と日本の政治」,23号「日韓政治体制の比較研究」,27号「地球環境と市民社会」,31号「市民社会とNGO-アジアからの視座」,41号「現代日本社会と政治参加」などである。 (9) 現在では,市民社会組織と利益団体の交差国家的な比較研究調査であるということから,英文名はCross-national Survey on Civil Society Organizations and Interest Groups in Japan,としている。
(10) 主要な学術助成として,1995-98 基盤研究A(1)「日米独韓における環境政策ネットワークの比較政治学的実証分析」。1997-2000 国際学術共同研究「日米独韓における環境政策ネットワークの比較政治学的実証分析」。科学研究費基盤研究A(1)(海外)現代中国を中心とした利益団体および市民社会組織の比較実証的研究]。2003-05 人文社会科学振興プロジェクト「多元的共生の国際比較」,2005-10特別推進研究「日韓米独中における3レベルの市民社会構造とガバナンスに関する総合的実証研究」。2008-09サントリー文化財団学術助成「国際比較に基づく現代日本研究の方法論に関する研究」。筑波大学からも特別プロジェクト,プレ戦略イニシアティブ助成など限りない支援を得ている。
(11) この議論自体,1960年前後の比較政治学の出発点からある議論である。別角度から同様の指摘として,大嶽秀夫「『レヴァイアサン』世代による比較政治学」日本比較政治学会編『日本政治を比較する』早稲田大学出版会2005年。交差国家的な比較を意識した下位単位の比較の意義はそれ自体として大きいが,一国内だけの研究の場合,比較政治でなく,比較地方政治と概念化すべきではないか。
(12) 筆者の比較研究整理として「日韓政治体制の比較研究を編集するにあたって」『レヴァイアサン』23号(1998年)を参照。
(13) 理論モデルの有用性。新奇性から出発してそれにあったパズル,問題を探すという理論を出発点とする志向の発想は,政治学的リアリティの観点からは編者には危ういように思われる。データを出発点として,記述的に推論する作業との往復作業なしに,パズルはありえない。逆にいえば,JIGS共同研究の記述的分析からは,無数といっていい理論的パズルの種が発見できるのである。


目次
<特集論文>
21世紀日本における利益団体の存立・行動様式 -全国社会団体調査(JIGS2調査)の分析 辻中 豊
森 裕城
利益団体のロビイングと影響力 -二時点のJIGS調査を比較して 山本 英弘
市区町村におけるガバナンスの現況 -市民社会調査を中心に 伊藤 修一郎
辻中 豊
統一ドイツにおける市民社会 -自治体間比較からみた政治的統合 G.フォリヤンティ=ヨースト
小西 啓文 訳
中国のコーポラティズム体制と社会団体 -2001-04年市民団体調査データを基に 小嶋 華津子
崔 宰栄
辻中 豊
ニューガバナンスの制度的進化 -韓国市民団体の発展と限界 廉 載鎬
<書評>
「国家の安全」と「人間の安全」
 吉川元著『国際安全保障論 -戦争と平和,そして人間の安全保障観の軌跡』有斐閣,2007年
評者=伊藤 剛
新しい認識論的星座の創成
 酒井哲哉著『近代日本の国際秩序論』
評者=梅森 直之
マルチエージェント・モデルとネイション研究
 山本和也著『ネイションの複雑性ーナショナリズム研究の新地平』書籍工房早山,2008年
評者=木村 幹
主体としての国連、場としての国連
 最上敏樹著『国連とアメリカ』岩波新書,2005年
 北岡伸一著『国連の政治力学』中公新書,2007年
評者=篠原 初枝
史料による実証の挑戦
 西川 賢著『ニューディール期民主党の変容ー政党組織。集票構造。利益誘導』慶應義塾大学出版会,2008年
評者=中山 洋平
現代政治分析へのオルタナティブとその困難さ
 豊永郁子著『新保守主義の作用』勁草書房,2008年
評者=待鳥 聡史

◆毎号真っ先に読まれる「編集後記」45号

加藤 淳子

 政治行動の脳認知科学的アプローチの研究を始めて2年程,面白いが少し疲れ気 味である。他への説明が大変だ。一々誤解される。そんなある日,米国の友人から日本政治の論文を投稿しないかと誘いが来たので,手持ちの論文がないとの断りとfMRI実験論文のURLを書いたメイルを出した。彼の返事は,「そんな実験をやっていると聞いても余り驚かない。あなたは今までも幾つかのカーブで先を走っていたから」と返事が来た。新しもの好きだったのは今に始まったことでは ないらしい。少し慰められた。それにしても,一度退職された位の年齢の政治学の大御所の方々がfMRI実験に興味を示すのは意外だった。様々な研究成果を上げられてもとけない問題があったからかもしれない。新しい方法は新しい地平を開くと自らを励ます毎日である。

川人 貞史

 この四月から東京大学に移籍し,単身赴任生活を始めている。夏学期には,法学部で日本政治講義を担当し,一度も休講することなく,七月に終了した。この間,六月には,日本学士院賞授賞式があり,政治学の分野では四〇年ぶりの学士院賞を受賞した。そして,七月には,麻生太郎首相が解散を決断し,任期満了間際の八月末に,ほぼ四年ぶりの総選挙が行われた。九月に招集された特別国会で,首班指名が行われ,鳩山政権が発足した。公私ともに忙しい夏学期の半年だった。次号から編集委員が交代することになり,これが最後の編集後記となる。レヴァイアサン,お世話になりました。新編集委員のみなさんのご活躍を期待します。

辻中 豊

 1987年から始まる第一世代に対し,11年後の98年2月21日第一回を開いてから11年余になる編集作業も今号で最後。すでに新メンバーへの引き継ぎも完了。この間60回の 編集議事メモを荒っぽく作ってきたが,新世代は比較できないほど精密で合理的に見え実に頼もしい。この間,私はずっと飽きもせずJIGS1(97年冬開始),JIGS2(06年 開始)という利益団体=市民社会組織への実態調査をしてきた。当初100万の調査資 金に事欠きあちこちから借りてスタートした調査は,おそらくその200倍以上の資金 を用い13カ国5万件のデータベースとして完成しつつある。報告書は沢山作ったが,公刊書は漸く3冊目がこの秋に出る。最後に宣言。ここ には一生分以上のデータと資料があり,これ以上欲張らず,しっかり分析し理論化し出版し,データ公開いたします。

真渕 勝

 研究者の仕事にはいくつかある。研究と教育がメインであるが,最近では学内行政に割かれる時間も馬鹿にならない。そして,社会貢献がある。『レヴァイアサン』の編集は,私には数少ない社会貢献の一つであった。しかも,アルバイトとして陰口をたたかれることのない種類のものである。そして,2ヶ月に1回の編集会議は楽しい会話の場でもあった。いよいよ次の世代にバトンを渡すことになる。「次の世代」という言葉を使うこと 自体に多少の寂しさは感じるが,年齢に応じた社会貢献のあり方はあるはずである。『レヴァイアサン』で得た経験が,次の機会に生かせることができれば,なによりであると考えている。

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