木鐸社

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『レヴァイアサン』42号 特集 ポピュリズムの比較研究に向けて

ISBN978-4-8332-1158-1 C1031 2008年4月15日発行

〔特集の狙い〕ポピュリズムの比較研究に向けて (文責 大嶽 秀夫)

 2001年春の小泉。眞紀子旋風と2005年郵政選挙での小泉圧勝によって,日本の政治や政治学において,ポピュリズムの語がにわかに流行し始めた。ほぼ同時期に,韓国,台湾,タイなどでも,新政権の特徴を指摘する概念としてポピュリズムの用語が使われた。また若干溯って,レーガン,ペロー,ブッシュJr,あるいはエリツィンについても,そのポピュリスト的手法が指摘された。(なおプーチンは,ポピュラーではあるが,ポピュリストではない,というのが本号の執筆者,下斗米の見解である。)このように,近年の政治現象を指す言葉として,ポピュリズムの語が復活した。これらの例をみると今日の政治学では,ポピュリズムはトップ。リーダーないしその候補者の政治戦略,すなわち政党や議会を迂回して,有権者に直接訴えかける政治手法going publicの意味で主として使われていることが分かる。
 現在のポピュリズム政治の流行は,ソ連の崩壊,西側の社会主義運動の解体による左右対立の急速な消滅とほぼ時を同じくしている。そしてその対立軸に代わるものとして,エリート対「大衆people」という対立図式が世界各国で(再)登場したものとみることができる。娯楽性を増したテレビの政治報道に依拠しながら,である。日本,韓国,台湾,アルゼンチン,米国,ロシアなど,本号で取り上げた国々においては,中心的争点は基本的に,政治腐敗に対処すべき「政治改革」であり,強まる政治不信。政党不信,政府(官僚)不信を背景に「アウトサイダー」政治家が人気を博するポピュリズム政治が登場している。この時期のポピュリズムは,ネオリベラリズムの登場と時を同じくしており,両者のイデオロギーには共鳴する部分が多い。しばしば「ネオリベラル。ポピュリズム」と呼ばれるのはそのためである。ロッキード事件後の新自由クラブの登場で始まり,小泉純一郎首相(石原慎太郎東京都知事)に至るまで,断続的にポピュリストの「パルス」をみた日本政治は,その典型的な一例といってよい。
 振り返ってみると,ポピュリズムは,政治学および歴史学の分野における学術用語としては,19世紀末ロシアのナロードニキ,19世紀末から20世紀初頭にかけての米国の農民運動,そして1930年代から50年代にかけての南米諸国(とりわけメキシコ,ブラジル,アルゼンチン)の大衆動員型政権という,三つの相互に全く異質な政治現象を指す言葉として用いられてきた。これらを古典的ポピュリズムという。
 その後,第二次大戦後の発展途上国について,ポピュリストのラベリングが,明確な定義付けもなく,広く用いられるようになった。ナセル,ガンジー,毛沢東などがその例である。これに対し,先進諸国では「イデオロギーの終焉」とともに,ポピュリズムも,ファシズム同様,既に過去のものとなった観があった。ところが「ネオ。ポピュリズム」と呼ばれる急進的右翼政党が,1980年代,まずフランスで(ルペンの国民戦線),ついでオーストリアで(ハイダーの自由党)登場した。多くの場合,共産党の衰退にあわせて,それとの交替を告げるように,である。さらに1990年代には,急進的ポピュリズム運動の波は,西欧各国から,ポスト。コミュニズムの東欧諸国にも広がった。加えて,左翼の側でもよく似たレトリックを用いる過激な運動が,フランスなどで(反クローバリズム,反WTOを掲げて)農民運動を指導したジョゼ。ボヴェを代表に登場した。これら極右,極左の運動は多かれ少なかれ代議制民主主義に対する不満を表明し,直接民主主義の「復活」を目指す。制度・レジームとしの民主主義に対抗して運動としての民主主義を掲げているという意味で,ラディカルである。権威主義への傾斜の危険を内包してもいる1970年代後半に米国で,カリフォルニアから始まった反税運動も同じ系列に属する(下からの)ポピュリズムである。
 こういった事情から,ポピュリズムの語は,極めて多様な政治現象を表現することとなり,概念上の混乱が著しい。しかし,次の三つのレベルに大別することが可能である。すなわち,①政治体制regime(ラテンアメリカの政治システム)②政治戦略(現代の多くのポピュリスト指導者たちの政治手法),③政治運動(ヨーロッパの急進主義運動)がそれである。そして,これらの異なるレベルに共通するのは,ポピュリスト・イデオロギーであるというのが,筆者の理解である。
 ポピュリズム。イデオロギーの内容が何であるかについては,本号の大嶽論文の検討に譲るが,かなり明確な価値体系,イデオロギー体系を共通してもつことは否定できないように思われる。ポピュリズムはイデオロギーを欠いているとしばしば指摘されるが,欠けているのは政策上の体系的プログラムである。社会主義,ネオリベラリズムあるいはファシズムなどと比較した場合,それ自体としては,政策的なオリエンテーションを持たない。それ故,社会主義とも,ネオリベラリズムとも,人種差別主義とも結合しうるのである。前述の「ネオリベラル。ポピュリズム」はその一つである。
 本号では,21世紀の今後においても一つの重要なタイプとなるであろう,以上のような政治指導を比較政治学的観点から,考察してみたい。  ところで政治理論としてみた場合には,先の①の体制論としてのポピュリズムは,ラテンアメリカのケースが典型であるが,体制論,国家論という観点から,ポピュリズム政治と社会,経済との総体的関係についての認識が議論の対象となって,深く豊かな理論的蓄積を行ってきた歴史がある。多くの場合,マルクス主義ないしはマルクス主義的認識と結びつきながらである。この場合,ポピュリズムという認識枠組みは,単にモデル。パターンの提示(すなわちパターン認識)にとどまらず,(歴史的)因果関係についての理論,ないしは(ポピュリズム国家のもつ)機能についての理論命題を同時に含むものであった。理論的水準が高いのである。
 他方,②,③の政治戦略ないし運動としてのポピュリズムという認識枠組みは,しばしば社会心理学や大衆社会論,あるいは階級論などの理論を含むが,未だ充分に理論化されてきているとは言い難い。
 本号の大部分の論文は,そうした理論構築を目指す第一歩と位置づけられるもので,分析的というよりは,記述的なものにとどまっている。急速に展開する現代政治を,いわば生ものとして扱う「ウォッチャー」としての政治学者の一つのスタンスを表現していると言えなくもない。これらを素材に,理論的考察を比較政治の場で展開することが,われわれの今後の課題である。


目次
<特集論文>
ポピュリスト石原都知事の大学改革 -東京都立大学から首都大学東京へ 大嶽 秀夫
ポピュリズムの中の「歴史認識」問題 日韓の事例を中心に 木村 幹
台湾の民主政治とポピュリズム 李登輝と陳水扁の政治戦略の比較 松本 充豊
アルゼンチンにおける「制度化されたポピュリズム」の形成? -メネム政権における政権党内の中央地方関係からの再考 篠﨑 英樹
アメリカ政治のポピュリズム 五十嵐 武士
ロシア下院議員選挙とプーチン政治体制の変容 下斗米 伸夫
<書評>
精密な比較分析に支えられた政策科学研究
 秋吉貴雄著『公共政策の変容と政策科学:日米航空輸送産業における二つの規制改革』有斐閣,2007年
評者=秋月 謙吾
「霞ヶ関正統派外交」の歴史的確立過程
 服部龍二著『幣原喜重郎と二十世紀の日本-外交と民主主義』有斐閣,2006年
評者=井上 寿一
日本における議院内閣制と首相の権力
 竹中治堅著『首相支配-日本政治の変貌』中公新書,2006年
 内山融著『小泉政権-「パトスの首相」は何を変えたのか』中公新書,2007年
 大嶽秀夫著『小泉純一郎 ポピュリズムの研究-その戦略と手法』東洋経済新報社,2006年
 飯尾潤著『日本の統治構造-官僚内閣制から議院内閣制へ』中公新書,2007年
評者=高安 健将
選挙過程における政治的情報の総合的分析
 境家史郎著『政治的情報と選挙過程』木鐸社,2006年
評者=日野 愛郎
対立する二つの理念のせめぎあいとしての国会運営
 川人貞史著『日本の国会制度と政党政治』東京大学出版会,2005年
評者=毛利 透

◆毎号真っ先に読まれる「編集後記」48号

加藤 淳子

 社会科学の空間モデルはまず全てユークリッド距離を使うが,認知科学ではミンコウスキー距離(つまり他の空間)も考える。それを知ったのがきっかけでここ1年ほど,政治的立場の相違の認知の幾何学モデルに取り組んできた。幸運にもプログラミングと大量のデータ分析を引き受けてくれる大学院生を共同研究者に して面白い結果が得られたが,今度は理解してくれる人がいない。ところが,昨秋から大学間交流プログラムをスタートさせるために来たイェール大学の認知科 学者は初対面にもかかわらず学会発表レジュメを見ただけで興味を持ってくれ た。その上,二大学交流のための社会科学。認知科学の学際的シンポジウムの開催にも協力してくれ,晴れて暗中模索から始まった研究が日の目を見ることになった。新しいことに取り組むのはリスクが高いが他では味わえない楽しみがある。

川人 貞史

 2007年5月にミシガン大学客員教授の任期を終えて帰国し,仙台に戻ってから,個人的な事情に忙殺された。本務校の教育負担を帰国後の半年ですべてこなさなければならなかったこともあって,忙しい日々を過ごした。ふとなつかしく思い出すのは,アナーバーで数多くの研究会に出席し,報告から受けたさまざまな知的刺激であり,また,新しいアイディアをはぐくむときの興奮である。昨年夏の参院選の自民党の惨敗を受けて,秋の安倍晋三首相が辞任した頃から新たな刺激を受けて元気が出た。福田康夫首相の登場と衆参ねじれ国会など日本の政治が激しく動き始めたことで,研究として,いろいろと考えをめぐらすことが,楽しい。幸いに時間の余裕が出てきたので,自分の研究体制を整えて,新しいテーマに取り組まなければと,考えている。

辻中 豊

 調査ばかり,と思われているので最近の趣味について。通史を読むことである。古書の60年代中央公論社版『日本の歴史』『世界の歴史』,最近の『世界の歴史』『日本の近代』,さらに講談社版『日本の歴史』など何でも寝転んで(新旧岩波講座は不適)読めるものを読む。長いスパンで体制や文化を考え,現代を構成する史実へ接近し,外国人に判る日本政治を教えるため…とは建前で,実はゆっくり眠るためである。副産物ではあるが,これまで少数の日本人だけでなく韓国数名,パキスタン ,バングラデシュ,カナダ,エチオピア等の学生に博士号を修得させ,デンマーク,ドイツ,アメリカ,エストニア,ポーランド,中国(急増中),タイ,ロシア,イギリス,カザフスタン等の学生に比較日本政治をなんとか指導したし,今もしている。しかしいい院生用テキストが必要!

真渕 勝

 いくつかのプロジェクトの進行管理と執筆に明け暮れています。①90年代末以降の政策決定過程の事例研究を協力者に依頼して1ダースほど集めました。某出版社から『政界再編時の政策過程』という表題で出版されますので,どうそよろしくお 願いします。②官僚調査,真渕は,ここ数年「吏員型」官僚という概念を,学問的に は提唱していましたが,「調整型」官僚の復活もあり,日本の現実政治という観点からは,少し安心しつつあります。③平成の市町村合併の効果を測定する研究,実態調査の段階に入りつつあります。④レバィアサン初代編集委員の村松先生が,2年後に古希を迎えられます。年が改まって,少しずつ準備に入っています。⑤乾坤一擲,教科書『行政学』の執筆に本腰を入れ始めました。以上,まだ病み上がりなので,様子をみながら作業してます。

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