木鐸社

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『レヴァイアサン』36号 特集 日本から見た現代アメリカ政治

2005年4月15日発行

〔特集の狙い〕日本から見た現代アメリカ政治 (文責 辻中豊・田中愛治)

 現代のアメリカ政治,1990年代以降の変化を,日本の視角からどのように把握できるか,が本特集のねらいである。2004年の大統領選挙をめぐって様々な議論や分析がなされたが,もう少し分析的,構造的にアメリカの政治の変化を捉えてみたいという考えから,現代アメリカ政治に関心を持つ研究者,チームに論稿を依頼した。本来は,これに市民社会での変化を分析する編者の一人の論稿と宗教団体のサーベイ分析を含める予定であったが,時間の関係で割愛せざるを得なかったのは遺憾である。
 アメリカ現代政治に対して,日本の政治学者は,伝統的に歴史的な接近をする傾向があった。逆に言えば,現代政治への直接的な調査や分析を躊躇するところがあったが,近年,そうした歴史的な偏りを克服する優れた政治学的業績が現われはじめており(注1),本特集もそうした流れを反映しようとしたものである。編者達の意図としては,日本の政治学者が日本という場,日本人研究者という視角から,アメリカを分析することに対して,アメリカという場,アメリカ人研究者という視角とは異なる積極的意味があることを,この特集に込めてみたかったのである(注2)。
 現代アメリカの政治学や政治を分析。研究することは,特にアメリカ政治を専門としない日本の現代政治研究者にとっても研究の一側面として,ある程度不可避なものとして存在する。それは,現代政治研究にとってのアメリカ政治学の比重の大きさから言えることである。アメリカ政治学は,少なくとも経験的分析の領域では,世界政治学の役割を一定程度担っているからである。無論,こういったからといって西欧政治学やアジアほかの現代政治学の意義を貶めるものではない。  他方で,アメリカの現代アメリカ政治研究は,日本の研究者を圧倒する質。量的な蓄積を持つと同時に,専門分化と政治学術ジャーナルのもつ傾向ゆえに,高度に専門性を突き詰めたために従来の政治学から乖離するほどの視野狭窄性や技術的な性格を持つようになってしまい,分析前提に首をかしげざるを得ない場合や些末主義的な傾向を示している場合も多い。逆に言えば,そうした拘束からある意味で自由な点に,日本など外国研究者の現代アメリカ研究にもつ意義が生まれるのである。
 外国研究は,基本的な出発点として比較研究である。今回の特集に明示的な日本との比較は含まれないが,日本の政治や政治学を背景として現代アメリカ政治や政治学に触れる時,程度の差はあるが,日本という場や研究の持つ文脈や性格が反映した研究関心や接近法が生まれる。日本の研究者がそうした存在拘束的な背景をもつこと自体が,実は現代アメリカ政治の分析にとって負の特徴ではなくメリットなのである。
   本特集は,1990年代以降の現代アメリカ政治に対してほぼ時系列的に4つの異なる角度から接近する。
 久保論文は,第41代ブッシュ政権(1989年1月から93年1月)の時期,特に1990年秋に焦点を合わせ,現在の43-44代ブッシュ政権(2001年1月以降から現在)において実権を握る共和党保守強硬派とは異なる「より優しいアメリカ」志向保守(親のブッシュ政権)に対して,保守強硬派がいかに対立し,台頭していくかを詳細に分析する。それはブッシュの民主党クリントンへの大統領選挙での敗北につながっただけでなく,共和党そのものを変質させ,現在のブッシュ政権の基盤を形成していくのである。久保氏は別稿で,民主党でも同様な変容が逆向きに生じ,イデオロギー的なリベラル化が進行したことを分析しており,民主。共和のイデオロギー的に両極化していく過程を形成的。政治過程的に説明している(注3)。
 久保論文でも指摘されたイデオロギー強化された2大政党制を背景として,待鳥論文は,クリントン政権期(1993年1月から2001年1月)の重要な内政的な立法,1996年情報通信法の立法過程を事例としつつ,近年往々にしてみられる,分裂政府(大統領を握る政党と議会多数派政党の分裂)下でいかにして大統領が議会において支持連合を形成しているかを,立法過程の軌跡を丁寧にトレースしつつ,計量的にも分析している。分裂政府のもとではいうまでもなく大統領は法案通過に対して野党の支持者に期待せざるをえず,そのために中道的なスタンスをとりつつ,世論でのアジェンダ設定など様々な戦術を行使する。ではどのような野党議員がそれに呼応して大統領に協調するのかという興味深い問いに,立法過程分析と計量分析を駆使して答えようとしている。
 ゴールドスミス・堀内・猪口論文は,21世紀に入って,9.11以後にブッシュ政権が行ったアフガニスタン戦争に対する国際世論を,同時期になされた63カ国世論調査データを用いて計量的に分析する。アメリカの外交(戦争)政策に対するアメリカ以外の国々での世論の有り方を,3つの理論モデルを用いて検討している。アメリカの政策そのものやアクターそのものの分析ではないが,政策アクターが外交政策決定する際に考慮する国際世論がいかなる要因によって規定されているかを浮き彫りにしている。
 最後の豊永論文も今世紀の共和党ブッシュ政権期を対象とし,その性格付けに関する検討を行っている,注目するのはテクノロジー政策である。同政権は一般に内政外交ともの「保守」強硬派の政権と規定されるが,その背後で新産業,ハイテクノロジー政策への戦略的方向が存在することを政策アクターの文書の検討から析出し,ハミルトン的特徴と規定する。新ブッシュ政権は単なる小さい政府ではなく新しい積極政府主義が胚胎していることを主張する。
 以上のような各政権や現代アメリカ政治を性格付けるいわばマクロな政治分析は,日本という場から,日本人研究者という観点から特に興味深い点であり,またそれゆえにメリットになりうる視角であろう。
 本特集が,こうした現代アメリカ政治への日本からの貢献にどれほど寄与したかは読者の判断に委ねるとして,比較政治としての現代アメリカ政治研究の観点を推し進めるというねらいをもって本特集は編まれたのである。

(注1) 待鳥聡史『財政再建と民主主義-アメリカ連邦議会の予算編成改革分析』有斐閣2003年。鈴木創「アメリカ議会下院における複数委員会付託の情報的・党派的決定要因」『法学論叢』151巻4号など。テキストでは阿部齊。久保文明『現代アメリカの政治』放送大学教育振興会2002年など。
(注2)こうした観点から辻中は,日本など7カ国と共通した枠組みで2000年にアメリカの市民社会組織全般へのサーベイ調査をワシントン地域とメリーランド州で行っており,それをもとにした日米比較を執筆編集中である(『現代アメリカの市民社会。利益団体』木鐸社)。
(注3)久保文明「米国民主党の変容-「ニュー・デモクラット・ネットワーク」を中心に」『選挙研究』17(2002年):71-83。また同「近年の米国共和党の保守化をめぐって-支持団体連合との関係で」『法学研究』75巻1号(2002年)101-135。


目次
<特集論文>
G.H.W.ブッシュ政権(1989-1993)の国内政策と共和党の変容 -米国の政党内イデオロギー闘争の一例として 久保 文明
連邦議会における大統領支持連合の形成 -1996年情報通信法の立法過程を事例として 待鳥 聡史
「国際世論」の理論モデルと実証方法 -米国主導のアフガニスタン戦争を誰が支持したか B.E.ゴールドスミス
堀内 勇作
猪口 孝
ジョージ・W・ブッシュ政権とテクノロジー政策 豊永 郁子
<独立論文>
国際的不況とディスインフレ的経済規律: 経済政策における選択肢と90年代長期経済停滞の日本・スイス比較 樋渡 展洋
現代日本の選挙過程における情報フロー構造 境家 史郎
<書評>
五五年体制論の新潮流
 中北浩爾著『一九五五年体制の成立』東京大学出版会,2002年
評者=河野 康子
選挙制度改革は日本の選挙に何をもたらしたか?
 谷口将紀著『現代日本の選挙政治:選挙制度改革を検証する』東京大学出版会,2004年
評者=堤 英敬

◆毎号真っ先に読まれる「編集後記」36号

加藤 淳子

 なぜ政治学を学ぶのだろうか。「“デマゴーク”の意味を具体的事例をあげて説明せ よ」という試験問題を考えてみる。これに的確な回答を書ける一方で実際にデマゴー クに遭遇した時に扇動されてしまう人間と,試験では成績優秀とは言えない一方で実 際にデマゴークに遭遇しても警戒して扇動されない人間とどちらが政治学ができると 言えるだろうか?私としてはもちろん後者としたいが政治学の試験においてはこれは確かめられない能力である。これに対し,概念を学ぶことが実際の現象を正しく理 解することにつながるという反論をし上記の対比自体を非現実的と疑問視する政治学 者が大多数かもしれない。しかし私は言葉による知識のみでは自らの知覚や認識能力 を研ぎすまし現実を観察するには不十分ではないかと思う。政治学は人間の本質を追求する学問であるという原点に立って謙虚な気持ちで現実を観察する姿勢を忘れない でいたい。

川人 貞史

 今回は個人的なお話。仙台に住んで11年が経ったが,数年前からスギ花粉症を発症して,春になると目と鼻がむずがゆくて大変である。もともと田舎育ちであり,実家のすぐ裏が山で,近くには立派な杉山と杉並木もあった。だから,そんな私がスギ花粉症とは本当はおかしいのだが,どうも,花粉の種類が違うのか,といぶかっている。戦後,全国的に植林を奨励して,生育の早い改良品種のスギを大量に植えたのではないか,そうした作為が,思わぬ被害を多くの人々に及ぼしているのではないか,などと考えながら,大学の駐車場に停めた自動車が夕方にはびっしりと黄緑色の花粉でおおわれる季節を迎えている。今年は昨年をはるかに上回る飛散量ということで,花粉対策メガネとマスクが離せないし,研究室と自宅には洗眼薬が必需品である。

久米 郁男

 次号では,日本政治学会とECPRの国際共同研究プロジェクトとして組織し,独 立行政法人経済産業研究所の支援を受けた「危機の政治学」研究会の成果を特 集する。そのために現在,真渕勝編集委員と共同編集作業を行っている。国際 共同研究は,うまくいけばそこに「化学反応」が生じて,興味深い知的営為となるが,参加者がバラバラに研究を出し合うだけでは意味が薄くなる。そこ で,研究会を組織する立場になると「化学反応」を起こすような仕掛けを工夫するわけだが,これが結構難しい。先人の苦労をかみしめつつ,次回はただ乗りをしようと考えるこのごろである。

辻中 豊

 初めての試みとして本号を田中愛治氏とともに共同編集した。過日,郵政改革について優れた研究をした米人研究者の発表があり,討論者としてコメントをつけるためににわか勉強をする機会があった。そこでいつもの逆説にぶつかった。つまり,「日本は世界で最も小さな公務員規模を持ちながら,なぜ世界で最大規模の財政赤字に苦しんでいるか」である。普通の企業では労務費は最大のコストであるが,日本の公的セクターはそれを十分削ってしまっているはずだ。だとすると,事業費の使途がよほど無駄使いが多いということになるのか。大抵の構造改革論者は,官僚を叩き公務員規模を減らすことが改革と誤解しているようだが,問題の核心はそこではない。にわか勉強ではここまでだが,この号がでるころにはもう一歩答えを前進させておきたい。

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