『レヴァイアサン』32号 特集 90年代の政党政治と政策の変化
2003年4月15日発行
〔特集の狙い〕90年代の政党政治と政策の変化 (文責 加藤 淳子)
1993年以降,日本の政党政治が変化し,それが選挙制度改革のように公式の制度の変化や政策決定手続きといった定式化されにくい変化を伴ったことは論を俟たない。一方で,これら一連の変化の意味,影響に関しての研究は,変化以降の観察,データの蓄積にはまだ日が浅いため困難を極める。特集で扱う六論文はこうした限界をそれぞれ独自の工夫で克服し,変化の意味を,選挙制度改革,国会審議,政官関係,中央‐地方関係の政治過程から探ろうとする労作である。
冒頭の谷口論文は,中選挙区制から小選挙区(比例代表並立)制への選挙制度改革の影響を組織票動員という観点から分析する。小選挙区においては組織票動員が進まないという演繹的理論に基づいた仮説を,最も動員が進むと考えられる条件を持つ選挙区を事例として検証し支持する。谷口論文は,新選挙制度下,第1回の選挙データのみで分析を行うことに伴う不可避的限界を仮説を演繹的理論に緊密に結びつけることで解消する。今後,小選挙区制度の定着により,現役優位及び当選者固定化の現象が生じた場合でも,仮説が述べる有権者側のバンドワゴン現象と組織票動員の理論的齟齬の可能性は残る。この意味で本論は,稀少なデータしか与えられない段階での分析からさらなるデータ分析に有用な仮説と提示している。
堀内。斎藤論文は,中選挙区制から小選挙区。比例代表並立制という制度上の変化における,選挙区割りの変化,それに伴う議員定数配分格差是正という選挙制度改革の重要な一面を,中央政府から地方への補助金配分格差の変化と関係づけて分析する。これは,いわゆる「1票の格差」と「ポークバレル」という民主主義における代表に伴う問題を因果関係を前提に実証的に分析したという点で興味深い。「1票の格差」が是正される程「ポークバレル」における1票あたりの不均衡な配分が是正されるという結論は,今回の選挙制度改革の影響を超える一般性を持つ。今後のデータの蓄積とその分析により,この「是正」の影響と効果がどのように推移していくかによりさらに一般性の高い議論が期待されるからである。
三浦論文は,国会の立法過程の意味を国会審議の内容分析によって探る。国会の日本政治研究における位置づけと国会審議の内容分析の意義,国会の議事録をどのようにコード化するかという内容分析の方法論,また事例として扱った女性労働関連三法案の事例の比較という異なる側面から見るべきところの多い論稿となっている。1997年から2001年までの政党再編期の事例を扱ったため,国会の立法過程を政策決定過程全体に位置づけるには,あまりにも多くのコントロールすべき変数が含まれていることは否めない。一方で,それぞれの変数の影響については明確な議論がなされているため,今後,国会審議過程の内容分析の研究が蓄積することによって,野党が国会審議に影響を強める(或いは弱める)条件,政党の再編や配置の変化の影響といった観点からより一般性の高い結論を引き出す嚆矢となる論文と言える。
土屋論文は,自民党が政権を独占していた80年代において盛んに分析の対象となった政官関係,族議員に焦点をあて,あえて自民党優位の相対的凋落が明確になった後の政策決定過程の分析を行っている。さらに,情報通信政策と言う1980年代以来の比較的新しい政策分野を扱ったため,自民党長期一党政権と族議員現象をセットとして考える通説的な説明に対し,族議員現象を,政策知識と政官関係を中心に捉え直す新しい観点を提示している。五五年体制の崩壊と共に研究関心も,90年代以降の新しい問題や現象に傾きがちだが,政官関係や族議員といった現象にもう一度目を向けることが,90年代における変化の意味を明らかにするとともに,より高い一般性を持つ議論を引き出すことにもなるのである。
豊永論文は,土屋論文が経営形態の観点から分析の対象としたNTTをめぐる政治過程を,組織の分割に伴う政策決定のコーポラティスト。シナリオの挫折から記述する。土屋論文が,完全民営化,市場の自由化という観点からNTTの分割問題を捉え,情報通信政策における政官の合意形成の失敗として特徴づけたのに対して,豊永論文は,労働勢力の政策過程への安定的参加の契機としてNTT分割問題を捉え,政策決定における政労関係のコーポラティズム化の失敗の事例とする。二論文の対照性は比較政治研究の全く方向の異なる戦略の表れでもある。土屋論文が族議員という日本政治研究に特有の概念を五五年体制崩壊後の事例であえて前面に押し出しその一般性を追求しようとしたのに対し,豊永論文は,コーポラティズムという比較政治の一般概念を可能な限り用いてNTT分割の過程の分析と描写に徹した。このコーポラティズム概念の応用が事例の解釈のみならず,従来のコーポラティズム論において認識が欠けていた政党の重要性を明確にすると主張する点において,豊永論文は「事例」の「比較」における意義を再認識させるのである。
北山論文は,「中央‐地方関係」「公共事業」といった古くて新しい問題をテーマとしている。両者とも,五五年体制の維持――すなわち自民党政権支持――に重要な役割を担ったという点で古い問題であり,また90年代から現在にかけて新たな対応を迫られ政治問題化したという経緯において新しい問題である。公共事業が,中央‐地方間の,また地方間の再配分の問題としてとらえられるのはさして珍しいことではない。北山論文の貢献は,これを90年代以降,比較政治学の分野で脚光を浴びた,福祉‐生産レジームの類型論,いわゆる福祉資本主義の観点から捉え直そうとした点である。この両者を結びつける鍵となるのが,財政支出の構造であり,これはまさに,公共事業と言う日本に特有に見られる現象を,比較政治のマクロ的類型に結びつけるのに有効な着目点であろう。
90年代の日本における政治変化はそれ自身,多面的複雑である一方,大きな社会経済変化も伴い,今後もさらなる研究が期待される。本特集の論文も全てその研究蓄積の第一歩として読まれるべきものであろう。
目次 | |
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<特集論文> | |
選挙制度改革と組織票動員 -連合町内会を中心に | 谷口 将紀 |
選挙制度改革に伴う議員定数配分格差の是正と補助金配分格差の是正 | 堀内 勇作 斉藤 淳 |
国会の準立法活動 -女性労働問題をめぐる国会審議の内容分析 | 三浦 まり |
1990年代の情報通信政策 -NTT経営形態問題にとらわれた十年 | 土屋 大洋 |
政界再編期におけるコーポラティスト・シナリオの台頭と挫折 -NTT分割論争の帰趨をめぐる一試論 | 豊永 郁子 |
土建国家日本と資本主義の諸類型 | 北山 俊哉 |
2000年政権交代とオーストリア・デモクラシー -「連合形式」転換の政治過程 | 大黒 太郎 | <書評論文> |
比較政治学における「理論」間の対話と接合可能性 小野耕二『比較政治』東京大学出版会,2001年 を手がかりに |
網谷 龍介 |
<書評> | |
自由主義と政治 あるいは自由主義の政治 早川誠著『政治の隘路:多元主義論の20世紀』創文社,2001年 |
評者=佐藤 満 |
理論研究と歴史研究との対話は不可能なのか 竹中治堅著『戦前日本における民主化の挫折 -民主化途上体制崩壊の分析』木鐸社,2002年 |
評者=竹中 佳彦 |
「埋め込まれたテクノ・ナショナリズム」は克服可能か? 山田敦著『ネオ・テクノ・ナショナリズム -グローカル時代の技術と国際関係』有斐閣,2001年 村山裕三著『テクノシステム転換の戦略 -産官学連携への道筋』日本放送出版協会,2000年 |
評者=山本 武彦 |
自治体の政策イノベーションとその波及メカニズム 伊藤修一郎著「自治体政策過程の動態 -政策イノベーションと波及」慶応義塾大学出版会,2002年 |
評者=笠 京子 |
◆毎号真っ先に読まれる「編集後記」32号
加藤 淳子
本特集を担当した。論文執筆者は若い世代の方が多い。最近,若い研究者の方や大学院生を見るにつけ,うらやましく思う。政治学には,まだまだ興味深い問題が多く,私の研究の残り時間は確実に年々減っていく。もう一度大学院でみっちり勉強しなおすことができるのなら,認知心理学か脳生理学をやってみたいと思う。興味は持っているが取り組みあぐねている権力の問題の研究に役に立つと思うからだ。先日,久しぶりに博士過程を過ごしたイェール大学を訪れ,ますますその思いを強くした。大学院生の頃は毎日心細く不安な思いで過ごし一人前になることが目標だったのだが,今 となれば一番幸せな時期だったと思う。自分の研究以外のことは考えなくてもよかったのだから。あの頃の気持ちを思い出して,できる限り新しい問題に取り組んでいきたいと思う。
川人 貞史
以前もこの欄に書いたことがあるが,政党結集をめぐるごたごたや新党結成への動きが年末に起こりやすいのは,政党助成法が政党交付金の算定の基準日を一月一日にしたからである。昨年末も民主党の党首交代から始まって一部が離党し保守新党に合流した。他方,公職選挙法では政党が合同せずに統一名簿を提出したり選挙連合を組んだりすることは想定されていない。政治家が制度の制約のためにかならずしも自由に活動できず,制度に適合するために政治的に必然とはいえない動きを行っているようでは,これらの法律は悪法であろう。法改正によって政党が合同しなくても選挙連合を組むことができるようになれば,二大政党勢力が競争することをめざす並立制の選挙制度が機能するようになるのではないだろうか。
辻中 豊
03年に入り,漸く『現代韓国の市民社会。利益団体』の最終纏めである。シリーズ刊行の遅れもあり,賀状も欠かすことになり,関係者にあわす顔がない。遅まきながらこの場を借りてお詫びしたい。昨年末,韓国大統領選挙は波瀾万丈,結果として三〇代以下が支持し市民社会。インタネット型選挙を行った新世代大統領が誕生した。共編者の廉載鎬氏が選挙テレビ討論会の司会者を務めるというおまけもついた。民主的市民社会論からは絵に描いたような結果である。97年のサーベイでもこうした志向は明白であった。ただ,韓国編での分析はもっともリアルかつ深層に迫り,政党システムや国家。市民社会の中央‐地方問題まで浮き彫りにする。また民主化から一五年で韓国は「新世代体制」,日本は五五年体制の転換を導いたことの比較体制論も興味深い。
真渕 勝
前(31)号でお知らせしたように33号の特集を「地方分権改革のインパクト」として論文を募ることにした。公募方式を積極的に進めてきた『レヴァイアサン』であるが,特集を継続的に組むためにいわゆる依頼論文も掲載してきた。33号でもテーマとの関係からいくつか掲載する予定であるが,他方で公募論文を特集の中心に据えるという新しい試みをすることにした。地方分権改革という進行中の出来事を対象にしているために,試論的。仮説提示的になるのは当然である。しかし,地方分権改革の効果や意義を把握するためにも,改革直後ないし途上の動向を分析し,記録にとどめておく価値は高い。新しい試みをするのは,新しい試みをするのは,編集担当者としては不安も大きい。しかし,期待はそれ以上に大きい。締め切りは5月10日,枚数は2百字原稿用紙100枚。