『選挙研究』第40巻2号
はじめに 日本選挙学会2024年度年報編集委員長 山本英弘
『選挙研究』40巻2号をお届けします。本号は、下記の2つの特集を組みました。特集1は「選挙運動と動員」と題するもので5本の依頼論文、特集2は「選挙における選挙啓発運動の重要性を考える」と題し、3本の依頼論文を寄稿していただきました。これに加え、厳正な査読を経て掲載可となった資料論文4本、そして、書評8本を掲載しています。
特集1「選挙運動・動員」は、今日における選挙運動や動員の諸相を取り上げています。 動員は選挙過程における重要な側面の1つであり、これまで多くの研究が蓄積されてきました。しかしながら、加入率の低下など団体・組織離れが進んでいると言われ、団体の動員機能が低下しているようにも見受けられます。一方で、SNSをはじめインターネットを介した動員が定着し、今日の選挙戦略として欠かせないものとなっております。このように、今日の政治、社会状況を見渡すと、選挙動員の性格にも変化が生じていると考えられます。そこで、あらためて選挙運動と動員という基本的な事象を多角的に検討してみたいと考え、この特集を企画いたしました。ご寄稿いただいた5本の論文は、制度、組織、インターネット、歴史分析、比較政治という多様な視点に基づくものです。
安野修右「選挙運動規制をめぐる諸相」は、選挙運動規制の特性を検討し、研究上の論点を整理しています。選挙市場への介入手法における選挙運動規制の位置づけを明確にしたうえで、「道徳的な瑕疵のない行為の類型を直接制約することを意図した選挙キャンペーンというゲームのフォーマル・ルール」と定式化します。そのうえで、日本など選挙運動規制が厳しい国はまれであることを示します。さらに、選挙運動規制は選好を投票に変換する過程に影響を及ぼすルールであり、これを利用することで現職優位が維持されてきたという点から民主的統治にとって望ましくない側面を持つことを指摘しています。
鶴谷将彦「「無所属」代議士の再選戦略・選挙動員―小選挙区京都4区における北神圭朗を事例に-」は、衆議院選挙の小選挙区比例代表並立制における非自民党系無所属議員に注目しています。無所属議員は政党に所属しないために昇進という目標が欠けているにもかかわらず、一定数存在し、複数回当選している場合もみられます。そこで、事例研究を通して、無所属議員が生き残るための選挙運動をどのように展開しているのかを探究し、小政党のリーダー的役割を担っていたり、与野党の垣根がない活動を行っていたりする様子を明らかにしています。
岡本哲和「選挙競争空間における「平準化」の原因-2023年大阪市議会議員選挙データを用いたfsQCAによる分析-」は、リソースの乏しい中小政党あるいは新人議員が選挙運動等で積極的にインターネットを利用しているという平準化に焦点を合わせています。そして、平準化がなぜ生じるのかという問いに対して、新たな「水平的平準化」の概念を提示するとともにその指標を提示し、2023年大阪市議会議員選挙のデータを用いて、ファジー集合質的比較分析により解明を試みています。分析から、平準化の進行には、特に前回選挙の投票率の高さが影響を及ぼしている可能性が示されています。
山尾大「紛争後社会の選挙動員の効果をはかる-イラクにおけるサーベイ実験から-」は、ポスト紛争社会のイラクを事例に、電話による選挙動員がどのような効果を持つのかという課題に取り組んでいます。 紛争後の出発選挙では一般的に投票率が非常に高いけれども、政治不信の広がりなどにより、選挙を重ねると投票率が低下する現象が多くみられます。本稿では、サーベイ実験をもとに、強い政治不信を持つ者が動員を受けると投票を棄権しやすくなることや、政治家と有権者の直接的なつながりがより強固になりやすい選挙区制において、比例代表制よりも、選挙動員の効果が出やすくなることなどを明らかにしています。
特集2「選挙における選挙啓発運動の重要性を考える」の諸論考では、明るい選挙推進協会/協議会(明推協)を中心とした選挙啓発運動の展開と今日における課題を議論しています。今日の低投票率という状況を鑑みると、選挙啓発は言うまでもなく重要な活動であり、選挙研究者が実践に貢献しうる貴重な場でもあります。本特集の3名の寄稿者はいずれもこうした研究と実践を両立しており、そのうえでの意義と課題について論じています。
森脇俊雅「選挙啓発の意義と課題―運動と研究の2つの視座から-」では、選挙啓発運動の歴史、現状、課題について論じています。戦前の選挙粛正運動に起源を持つ選挙啓発は、近年では投票率向上や投票参加促進を主要目標として展開してきました。しかし、過疎化や少子高齢化により啓発活動の担い手が不足し、特に若年層の参加が課題となっています。また、「平成の大合併」による市町村の大幅再編・統合により明推協が不在の自治体も増え、活動の低下を招いています。一方で、2015年に18歳選挙権が導入されたことを契機に高校での主権者教育が進められ、投票率向上のための新たな啓発手法が求められています。また、啓発活動の効果を実証するための実験的手法の導入により、エビデンスに基づく改善を提起することが期待されています。
山本健太郎「『試される大地』の体験的啓発論-広域自治体の限界と可能性-」は、筆者が北海道での実体験を通じて、選挙啓発に伴う問題点を論じたものです。明るい選挙推進協議会(明推協)においては、国や都道府県などの上位団体が主導的な役割を担い、実際の選挙啓発活動は基礎的自治体が担当することが一般的です。しかし、基礎的自治体の中には明推協が設置されていない地域もあり、上位団体がその不足を補おうと苦慮している現状があります。このように、運動組織が上部に偏り、本来主体となるべき下部が空洞化しているというパラドックスを指摘しています。
堤英敬「市区町村における選挙啓発-第3次全国市区町村選挙管理委員会・事務局調査を題材として-」は、調査データに基づいて、市区町村の選挙管理委員会が取り組む常時啓発の現状について検討するとともに、こうした活動を規定する要因について分析を行っています。結果から、市区町村選管による常時啓発への取り組みは、基本的に自治体や選管事務局の持つ資源によって規定されているものの、選管委員の関心や選管事務局職員の必要性に対する認識も寄与していること、都道府県選管が関与することで市区町村選管の主権者教育への取り組みが強まっていたことなどが明らかにされています。
なお、特集2の各論文は、2024年度日本選挙学会研究会共通論題での報告を基にしています。各報告の概要は、すでに明るい選挙推進協会機関誌『Voters』第81号で紹介されています。一部内容や表現が重複している箇所がありますが、本特集では各論文をさらに深化させた議論を展開しています。
このほか、査読を経た資料論文として、小椋郁馬・五十嵐彰・善教将大「オンラインサーベイ実験における調査会社効果の検証」、小宮山亮磨・三浦麻子「旧統一教会が参院選に与えた影響の推定 自民党・井上義行氏の得票を例に」、花上陽平・和田淳一郎「候補者の顔貌が得票に与える影響について」、石間英雄・西村翼・井関竜也・吐合大祐「党内社会の人間関係?政治資金パーティの社会的ネットワーク分析」を掲載しました。書評欄では、最新の書籍と適任の評者を編集委員会において選定し、8本の書評を掲載しました。
最後に、『選挙研究』への投稿および採択状況をお知らせします。2024年4月から9月までの間に研究論文2本、資料論文1本の投稿がありました。このうち、研究論文2本は現在査読中、資料論文1本は査読を経て今号に掲載されています。それ以前に投稿されたもののうち、今号では資料論文3本が査読を経て掲載されております。投稿日、ならびに、掲載決定日は各論文の末尾に明記しております。今後とも、会員の皆様からの積極的な投稿をお待ちしております。