『選挙研究』第40巻1号
はじめに 日本選挙学会2024年度年報編集委員長 山本英弘
『選挙研究』40巻1号をお届けします。本号は、下記の特集に寄せられた依頼論文4本、厳正な査読を経て掲載可となった研究論文2本、そして、書評6本を掲載しています。
本号では、「政治学における実験的手法と因果推論」と題する特集を組みました。言うまでもなく、選挙研究ひいては政治学(さらには社会科学全般)の重大な目的の1つは、政治(社会)現象の原因を特定し、因果関係を解明することにあります。そして、近年、社会科学の諸領域において因果推論の技法、とりわけ実験的手法が飛躍的に発展してきました。『選挙研究』においては2014年にすでに「実験政治学」という特集を組んでおりますが、そこから10年を経て、さらに方法の発展と普及がみられます。そこで研究の蓄積を踏まえて、改めて実験的手法や因果推論の意義と課題について検討してみたいと考え、本特集を企画いたしました。
谷口尚子「『科学』か『実践』か-政治学における実験的手法の発展と展望-」では、隣接科学からの影響および技術進化や統計分析の洗練化と相俟って、政治学における実験的手法がどのように発展してきたのか、また、近年の研究にはどのような特徴がみられるのかを論じています。さらには、今後の展望として政策提言や課題解決といった実践に目を向ける可能性を示唆しています。
高橋百合子「比較政治学における実験的手法―動向と展望―」では、比較政治学研究における実験的手法の意義と課題を論じています。内的妥当性と外的妥当性という観点から、ラボ実験、サーベイ実験、フィールド実験,自然実験といった実験的手法を評価し、さらに比較政治学者が蓄積させてきた研究対象の国や地域についての知識が、実験的手法の改善にどのように貢献するのかを実際の研究を紹介しつつ、タイプ別に検討しています。
勝又裕斗「因果推論-理論・事例と統計的推論との架橋-」では、社会科学における統計的因果推論を解説しています。因果推論における推論の枠組み(対象の特定、識別、推定、結果の解釈)を提示し,その信頼性のためには社会科学の理論および研究対象についての領域知識が不可欠であることを論じています。そして、因果推論における統計理論の役割として,対象について必要な知識を明確にし,観察による適切な推論が可能な対象を峻別することを指摘しています。
松林哲也「選挙研究と重回帰分析」では、重回帰分析に焦点を合わせ、選挙研究における従来の用法の主な問題点を検討しています。分析目的が明示されないまま重回帰分析が選ばれてきたこと、分析結果に基づいて因果関係を議論するために必要な識別仮定が明示されてこなかったこと、交絡変数の特定が体系的かつ網羅的ではないこと、回帰式の構築にあたって暗黙の強い仮定が課されてきたことの4つの問題点を指摘しています。これらをふまえ、重回帰分析を使う際の注意点をまとめています。
以上の論考を通して、近年の実験的手法や因果推論の研究動向とその意義について多くを学ぶことができるでしょう。それとともに、こうした手法を活かすには、やはり対象に対するこれまでの研究の蓄積が重要であることも示されています。あらためて、理論や対象に対する知識と研究手法との往復という研究の基本に立ち返る必要性を確認できるのではないでしょうか。
このほか、査読を経た研究論文として高島笙「翼賛選挙受容過程の思想研究―大阪府池田市会「翼賛選挙」と高原操の選挙観―」、趙婉?「首長候補者による情報発信とメディア―2021年名古屋市長選挙における新聞報道とTwitterの分析-」を掲載しました。書評欄では、最新の書籍と適任の評者を編集委員会において選定し、6本の書評を掲載しました。
最後に、『選挙研究』への投稿および採択状況をお知らせします。2023年9月から2024年3月までの間に研究論文1本、資料論文2本の投稿があり、いずれも査読中です。それ以前に投稿されたもののうち、今号では上記2本の研究論文が査読を経て掲載されております。その他に資料論文2本が査読中です。投稿日、ならびに、掲載決定日は各論文の末尾に明記しております。今後とも、会員の皆様からの積極的な投稿をお待ちしております。