『選挙研究』第39巻1号
はじめに 日本選挙学会2023年度年報編集委員長 日野愛郎
『選挙研究』39巻1号をお届けします。本号は、下記の特集に寄せられた依頼論文4本、厳正な査読を経て掲載可となった研究論文4本、資料論文2本、そして、書評6本を掲載しています。
本号では、「Policy Competition in Multi-level Contexts」と題する特集を組みました。マルチレベルの政治空間、すなわち、複数の統治レベルが並存する状況において、関連する政治アクターがどのように政策を形成し、統治レベルの間で相互に影響し合うのかについての関心が高まっています。このようなマルチレベルの政治環境への研究関心は、近年欧州の研究者を中心に広く共有されるようになりました。選挙研究の文脈においては、シュミット(Hermann Schimitt)とファン・デル・エイク(Cees Van der Eijk)を中心に、欧州議会選挙が実施される5年おきに欧州選挙研究(European Election Study)プロジェクトの世論調査が行われ、有権者が国政レベルの争点をもとに欧州議会選挙の投票行動を決めているとされる二次的選挙モデル(second-order election model)の妥当性について検証が進められてきました。また、政党研究の文脈では、デスハウワー(Kris Deschouwer)が政党組織、候補者、有権者の各政治アクターを複層的に調査する大規模な研究プロジェクトを組織し、豊富な研究成果を出しています(Deschouwer and Depauw, 2014)。日本においても、樋渡(2007)や建林(2013; 2017)をはじめとして、選挙制度の不均一や政党組織、議員・候補者の観察を通して異なる統治レベルの連関に光を当てた優れた研究が蓄積されています。『選挙研究』においても36巻1号(2020年度)において「マルチレベルの選挙研究」と題する充実した特集が組まれています。本号における特集「Policy Competition in Multi-level Contexts」は、これらの研究蓄積を踏まえ、気鋭の研究者による最新の研究成果を英語、ないし日本語で示すことにより、近年研究関心の高まりを見せている同テーマにおいて「現在地」を示すことを期しています。
Ogawa et al.論文は、近年国際的な共同研究プロジェクトを通して蓄積と共有が進められてきたManifesto Project Database (MARPOR)やPolitical Party Database (PPDB)のデータを巧みに利用することにより、選挙区定数の違いや国政レベルと地方政治レベルの選挙制度の不均一性が政党の政策形成にどのように影響しているかを検証しています。その結果、選挙区定数が大きくなる時、そして異なるレベル間で選挙制度が不均一になる時、また地方支部が国政レベルの政策決定に関与できない時に、政党が政策領域の差異化を図るようになることが明らかにされています。
吐合論文は、既存の研究が主に国政レベルにける政策や議員行動の観察を中心に展開されてきたことを踏まえて、地方レベルの政策も射程に収めた分析を行っています。亥年選挙であった2019年の道府県議会選挙と参議院選挙における選挙公報を候補者ごとにテキスト化し、地方レベルの候補者の方が公共財・個別利益(ポーク系)の政策を重視することを明らかにしています。
砂原論文は、日本における税制改革をめぐる政党間競争に光を当て、野党が一枚岩にならない制度的な誘因をマルチレベルの制度環境に求めています。従来の経済的な左右軸と交差する個別主義・生活保障 vs. 普遍主義・社会的投資の対立軸において野党が分断される傾向にあることを示し、その制度的背景として、地方選挙が選挙区定数の大きい中選挙区・大選挙区制で戦われているため個別主義に向かいやすい点や二元代表制のもとで知事・市長が地域政党を組織するインセンティブが生まれやすい点を指摘しています。国政レベルに限ってみても、衆院選は比例票の掘り起こしのために小選挙区で野党が独自候補を立てる誘因を持つ点や、参院選は選挙区定数の違いが共通の争点をめぐる論争を難しくしている点が制度環境として挙げられています。
Hijino and Ishima論文は、新型コロナの感染拡大を受けて、どのような状況下において都道府県知事選や市長選の候補者が国のコロナ対応を批判して責任回避するか、もしくは自らの功績を主張するか、そして、異なる統治レベルを超えて共同戦線を張る(旗下集結する)かについて検討しています。選挙公報の分析を通じて、上記の戦略を採る候補者が限られていたこと、国のコロナ対応を明示的に批判する候補者は左派系に限られており、現職の候補者の中では皆無であったことなど興味深い知見を提示しています。その上で、地方政治では党派性が弱いことが背景にあることや、選挙演説や知事の会見など他の場面を分析の対象とする意義について考察しています。
最後に、『選挙研究』への投稿および採択状況をお知らせします。2022年9月から2023年3月までの間に8本の投稿があり、そのうち2023年3月末の時点で2本が掲載可、2本が再査読中、3本が修正再提出の要請中、1本が掲載不可となっています。本号に掲載されている井上論文、鎌原・和田論文は、この期間に投稿され、掲載可となった2本の論文です。また、38巻2号において報告されていた再査読論文提出待ちとなっていた4本が掲載可となりました。本号に掲載されている安田論文、淺野・大森・金子論文、ならびに資料論文として掲載されている松林論文、善教論文が該当します。投稿論文の掲載順は掲載可が決まった順番です。同日に決まった際は投稿日が早い順に掲載しております。投稿日、ならびに、掲載決定日は各論文の末尾に明記しております。尚、本号からこれまで「独立論文」と表記していた論文を「資料論文」と区別して「研究論文」と表記することになりました。書評欄では、最新の書籍と適任の評者を編集委員会において選定し、6本の書評を掲載しました。書籍の発行日が早い順に掲載しております。
参考文献(アルファベット順)
Deschouwer, Kris, and Sam Depauw (eds.). 2014. Representing the People: A Survey among Members of Statewide and Substate Parliaments, Oxford: Oxford University Press.
樋渡展弘.2007.「序文:選挙制度回覚悟の政党政治変化と制度間不均一」『社会科学研究』58(5/6):1-19.
建林正彦編. 2013.『政党組織の政治学』東洋経済新報社.
建林正彦. 2017.『政党政治の制度分析?マルチレベルの政治競争における政党組織』千倉書房.