『行政法の実施過程:環境規制の動態と理論』
英題:Enforcement Processes of Administrative Law: Empirical and Economic Analysis on the Dynamics of Environmental Regulation in Japan
A5判224頁 定価:本体2800円+税 ISBN978-4-8332-2422-2 C3032 11月5日刊行
著者紹介
平田 彩子(ひらた あやこ)
1983年 岡山県生まれ
2007年 東京大学法学部卒業
2009年 東京大学大学院法学政治学研究科総合法政専攻修士課程修了
現 在 カリフォルニア大学バークレー校Ph.D.プログラム在籍
内容紹介
本書の目的は,環境規制法の執行過程について,「法と経済学」の観点から,統一的に理解するための一般的枠組みを提供することである。我が国において規制執行研究は発展途上にあり,まず実態を把握し,その上で実態把握から導くことのできる一定の特徴を出発点として,規制法執行過程を一般的に,理論的に解明するのに相応しいアプローチのひとつは「法と経済学」であると考える。
「法と経済学」のうちのゲーム理論は,相互作用状況での意思決定や行動基準の本質部分を解明することを目的としているので,ゲーム理論は,複雑な法執行過程での両者の相互作用とその本質部分を捉え,一般的なモデルや理論を構築しようとする分析には欠かせない手法である。
推薦の言葉 太田 勝造(東京大学教授)
著者の平田彩子さんは東京大学法学部を優秀な成績で卒業し,「卓越賞」という特別の表彰を受けました。卒業と同時に東京大学大学院法学政治学研究科修士課程に2007年4月に進学し,法社会学や「法と経済学」の研究をされました。その研究の成果として2008年12月に提出された修士論文「環境規制法の執行過程:規制執行の相互作用性と規制法の機能」は,修士論文としての最高の評価を受けました。
本書の直接の対象は,水質汚濁防止法の行政による規制過程の実証的かつ理論的な分析ですが,平田彩子さんが採用した実証的法社会学の方法と経済分析(ゲーム理論)による理論的分析の結合は,行政規制のどの分野についても応用可能であるのみならず,さらに広く日本社会の法化のダイナミクスの研究方法として多大の成果が期待されるものであると思います。事実,本書を読めば,実証と理論分析が見事なシナジー効果(相乗効果)を挙げていることを目の当たりにして,法学の分野における新しい時代の到来を感じる読者も少なくないでしょう。
東京湾を取り囲む主要な7都市を全て回り,現場の担当者に面接調査を実施して,行政規制の実態に肉薄しています。また,環境省,警察庁,海上保安庁など関連の機関での面接調査も実施しています。これらの実態調査にどれだけの時間とガッツとが必要かは,実際に調査した者にしか理解できないものです。これだけ広範な調査を敢行したことで,水質汚濁防止法の規制実務の実効性と東京湾の水質とを関連付けることが可能となっています。
理論の面では,社会科学の標準的な分析手法となってきているゲーム理論を用いてモデルを構築し分析しています。規制者と被規制者の間の相互作用のダイナミクスを分析する上で,ゲーム理論の利用は必須です。これまでは「日本的」というような瞹昧で,ともすると同語反復に過ぎないような説明がなされることもあった法現象は少なくありませんが,平田彩子さんの行政規制ダイナミクスの分析は厳密で明晰な理論分析となっています。
本書で平田彩子さんは,上記の面接調査等による実証的法社会学による地に足の着いた研究と,ゲーム理論等の鋭利な分析モデルとを非常に建設的に結合して,深い洞察を理論的実証的に展開しています。そしてさらには説得的な法政策的提言にまで筆を進めています。社会科学としての法学研究の模範を実演によって提示している点が,本書の最も推奨されるべき価値だと思います。
このような理論と実証の結合は,言うは易く行うは難いものの典型です。時間と費用と研究失敗のリスクを慮れば,1年半の修士課程での初めての研究として試みるには大きな勇気が必要です。それに果敢に挑戦して本書のように大成功を収めた平田彩子さんの勇気と挑戦に感動する読者も多いでしょう。
本書は,専門の研究者にとって必読文献であることは言うまでもありませんが,さらに法学部生,法科大学院生,公共政策大学院生はもとより,裁判官・弁護士・検察官,そして各方面の法政策立案の担当者などに広く読まれるべき研究だと思います。「事実と証拠に基づく法(evidence based law)」こそが21世紀の法化社会に求められているものです。日本の社会を少しでもより良くしたいとの希望を持っている読者は,その取り組む課題の何たるかを問わず,本書から何をどうすればよいかの啓示と洞察とを受けることができると私は確信しています。(抜粋)
目次 | |
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序章 | |
0.1 問題提起と本書の目的 0.2 問題へのアプローチ 0.3 用語について |
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第1章 水質汚濁防止法の執行実態 | |
1.1 水質汚濁防止法の概要 1.1.1 水質汚濁防止法を取り上げる理由 1.1.2 水質汚濁防止法の概要 1.1.3 近年の水質汚濁防止法の施行状況 1.2 行政による規制執行とその特徴 1.2.1 調査対象と調査方法 1.2.2 執行の実態 (1) 水濁法執行の担当部署と,広い執行裁量 (2) 立入検査――違反発見の端緒 (3) 違反 (4) 違反に対する行政の対応 (5) 行政措置に対する被規制者の反応についての,行政の認識 (6) 行政と被規制者との一般的な接触と,両者の長期的関係 (7) 行政における,担当者異動の際の引き継ぎ (8) 事例紹介 1.2.3 行政による執行過程の特徴 1.3 司法警察機関による規制執行とその特徴 1.3.1 司法警察機関による,水質汚濁防止法の近年の施行状況 1.3.2 警察による水質汚濁防止法執行 (1)警察による水濁法執行――生活経済課 (2)違反発見の端緒 (3)違反発見後の対応 1.3.3 海上保安庁による水質汚濁防止法執行 (1)海上保安庁――特別司法警察 (2)違反発見の端緒 (3)違反発見後の対応 1.4 行政機関と司法警察機関の連携の有無 1.5 本章のまとめ |
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第2章 環境規制法執行過程のゲーム・モデル | |
2.1 ゲーム理論による分析が有用な理由及び分析の仮定 2.1.1 ゲーム理論を用いる理由 2.1.2 分析の仮定 2.2 行政と被規制者の2者間のゲーム 2.2.1 規制執行に対するスタイルの選択――同時手番ゲーム A 基本的構図 B 調整ゲーム構造の場合 C 囚人のディレンマ構造の場合 D 囚人のディレンマ構造においてノイズがある状況の場合 E 被規制者によって行政が取り込まれている場合 F 小括 2.2.2 サンクションの存在――逐次手番ゲーム A ゲームの基本形 B 行政の利得構造が私的情報の場合と,違反発覚の不確実性 C 行政指導の前置――少ない行政命令で違反を抑える 2.3 市民が執行過程に加わった場合 2.3.1 市民参加のゲーム 2.3.2 規制執行への市民参加と,社会的に最適な規制法執行との関係 2.4 本章のまとめ |
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第3章 規制法が与える被規制者へのインパクト――規制法の機能と,行政活動の介在 | |
3.1 導入 3.2 法が被規制者の行動に及ぼす影響 3.2.1 法の抑止機能 A 法の抑止モデルとその限界 B 評判やスティグマ(インフォーマルなサンクション)の重要性 C 不確実性下での意思決定 D 規制法執行過程についての海外における実証分析 3.2.2 法の表出機能 3.2.3 意味の変化を通じた影響 3.2.4 小括 3.3 行政活動の介在によって法の機能はどう影響を受け得るか 3.3.1 表出機能と規制対象行為の意味の変化の場合 3.3.2 抑止機能の場合 3.4 本章のまとめ |
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第4章 結語 | |
引用文献 | |
あとがき | |
アブストラクト | |
索引 |